「ここだけはおさえて」ポイント
- どんな人におすすめ?
満足度の高い買い物がしたい人/自分でビジネスをしている・始めたいと感じている人/行動心理学に興味がある人 - ポイント①
価格は単なる数字ではない。 - ポイント②
ファンを作る秘訣は「なりたい自分」より「自分らしさ」。 - ポイント③
買い物では、完璧を求めすぎないことが重要。 - 読みやすさ:★★★★
ガチガチの自己啓発書ではなく、気軽に読める雑学本のような感覚で楽しめる。テーマが「買い物」という誰にとっても身近なものであるため、興味を引く内容が多く含まれてた印象。
「高い」「安い」の基準となる価格とは?
モノの値段が高いと感じることは誰にでもあるだろう。特にスーパーに行くと、キャベツなどの野菜を躊躇する自分がいる。去年の冬と比べると値段が大きく異なり、高くなったと感じる。インフレの影響も考えられるが、野菜の価格は豊作・不作など供給量に大きく左右されるため、余計に高価だと感じるのだ。
では、供給が安定している外食や日用品、ガソリンなどではどうだろうか。「1回の外食に1,000円以上かかるのは仕方ない」と理解していても、やはり高いと感じるのではないだろうか。
「高い」という感覚は、頭の中にある基準によって生まれる。野菜やガソリン、外食についても、基準があって初めて「高い」と感じる。同様に、「安い」と感じる場合にも基準がある。このような心理的基準に基づき私たちは日々買い物をしている。本書では、その「買い物」について心理学的観点から分析している。
【買い物の科学:消費者行動と広告をめぐる心理学】(越智啓太・著)
越智啓太
法政大学文学部心理学科教授。学習院大学大学院人文科学研究科心理学専攻を修了後、警視庁科学捜査研究所研究員などを経て2008年より現職。専門は犯罪心理学や社会心理学で、デートバイオレンスや恋愛行動の研究、犯罪捜査におけるプロファイリングや目撃証言の信頼性の研究など幅広く取り組んでいる。著書は『犯罪捜査の心理学』『美人の正体』『恋愛の科学』『特殊詐欺の心理学』など多数。テレビや映画の監修も手掛け、メディアでの発信でも注目される心理学者である。
近くに新しいハンバーガーショップができた。オープンセールということで、通常800円のハンバーガーが期間限定で400円で食べられるという。あなたもそれに釣られて食べてみたところ、思いのほか美味しい。そんな状況で、オープンから数日程度は盛況であった。しかしながら、オープンから数週間が経過し、定価での販売が開始されると、お客さんは遠のくばかり。中にはお店の前で価格が800円に戻っていることを知り、購入をやめてしまうことも…。
こうした話に聞き覚えがある人も多いだろう。かつて400円だったものが800円に戻ると、それだけで「高い」と感じてしまうのである。
だが、「800円のハンバーガー」は本当に高いのだろうか。チェーン店と比べれば高いが、一般的なハンバーガー専門店と比べれば相応の価格かもしれない。しかし直感的には「高い」と感じる人が少なくない。
実は、価格には次の3つの種類がある。
- 外的参照価格
メーカー希望小売価格やパッケージ表示の価格である。 - 実売価格
実際に販売される価格。たとえば家電量販店で値札に記載された価格がこれにあたる。一部メーカーは希望小売価格で販売することもあるが、この場合「外的参照価格」と「実売価格」が一致しているといえる。 - 内的参照価格
消費者自身が持つ価格イメージ。たとえば「冷蔵庫は7万円」「ドラム式洗濯機は25万円」といった基準がこれにあたる。
内的参照価格は実際の価格には何ら関係がないため、一見すると影響度が低いように思える。しかしながら、あなたが800円のハンバーガーを高いと感じたのは400円というイメージ、つまり内的参照価格による影響である。
本書によれば、内的参照価格は購買行動に大きな影響を与える。多くの人は、内的参照価格を少し上回っただけで購買意欲が低下し、逆に少し下回るだけで購入を決めやすくなる。この点が売上と価格の単純な反比例にはならない理由である。
たとえば、期間限定の安価なイメージが消えるまで、ハンバーガーショップの売上は回復しにくい。初めの印象が後々まで影響するのは、商品だけでなく人にも言える話なのだ。
ブランドで考える「パーソナリティ」
スターバックス、コメダ珈琲、タリーズ、ドトール。それぞれのブランドにどんなイメージを抱くだろうか。
例えば、スターバックスとコメダ珈琲を比較した場合、ユーザーのイメージは以下のようになるだろう。
スターバックス
- Macユーザーが多い
- 女性比率が高い
- 年齢層が若め
- プライドが高そう
コメダ珈琲
- 堅実で実直な印象
- 男性が多い
- 年齢層が高め
- 喫煙者が目立つ
明らかに異なる特徴を持っている。タリーズやドトールについても同様で、それぞれのブランドが独自のイメージを築いている。明らかにイメージは異なるだろう。タリーズやドトールも同様である。
では、スターバックスの主要なユーザーはどのような人たちだろうか。「スターバックスのイメージが自分にぴったりだ」と感じる人たちが多いのか。それとも、「今の自分には少し離れているが、このイメージに合う自分になりたい」と思う人が多いのか。
ここで別の例を考えてみたい。仮にあなたが、お金を気にせず洋服を買える状態だとする。このとき、憧れのハイブランドの洋服を買い続けるだろうか? 最初は購入するかもしれない。しかし時間が経つにつれ、「このブランドは自分に本当に合っているのだろうか?」と感じるようになるかもしれない。同じことは高級車でも起こる。スポーツカーを購入できる余裕があっても、「これが自分らしい選択か?」と疑問を持つことで購入を躊躇したり、継続的に購入しなくなったりするだろう。
「自分のパーソナリティと一致するブランドには好感を持たれる」というのは定説である。だが重要なのは、そのパーソナリティが「なりたい自分」ではなく、「現在の自分らしさ」であるという点だ。本書ではこの点を科学的に分析している。「なりたい自分」とリンクするブランドには、それほど強い好感は抱かれにくいのだという。
たとえば、自分のブランドのファンを増やしたいと考えている場合、「現時点の自分らしさ」がブランドイメージと一致している層にアプローチすることが効果的である。
消費者の目線で考えると、「同じブランドを好きな人同士は価値観が近しい」といえる。自分らしさが似ている者どうしだと、自然と共感が生まれ、深いつながりが築けるのではないだろうか。本書では、その裏付けを科学的データと共に示している。
満足できる買い物の秘訣は「まっ、これでいっか」
あなたは買い物をする際、じっくり情報収集を重ねるタイプだろうか? それとも、自分の基準に照らして「とりあえず使えればOK」と気軽に決めるタイプだろうか。
買い物後の満足感は、「追求」と「後悔」という2つの因子で整理できる。
追求因子が強い人
- 多くの情報を集めて最善の選択肢を目指す
- スペックやコスパを重視する
- 「一番良いもの」を求める
後悔因子が強い人
- 購入後も情報収集をやめられない
- 「もっと良いものがあったのでは」と考えがち
- 買い物後に後悔することが多い
一見、追求因子が強いことは「良い買い物ができそう」と感じる。しかし興味深いのは、追求因子が強い人ほど後悔しやすいという点だ。多くの選択肢を考えるぶん、購入後の選択にも疑問を感じてしまうのかもしれない。
では、後悔しにくい買い物ができるのはどんなタイプだろうか? 本書によれば、「追求因子も後悔因子も弱い人」が当てはまるそうだ。このタイプの特徴は、最良の選択肢を目指さず、「その商品に満足できるかどうか」でシンプルに判断するところにある。
「これが大事だ」と言われると納得できる気がする。たとえば、「高くても満足感が得られるなら、それは良い買い物だ」と考えられる視点は実に大切だ。
インフレや値上げの時代、価格にばかり目が行きがちだ。しかし「満足できるかどうか」という基準を大事にすることで、より楽しい買い物ができるのではないだろうか。もちろん予算には限りがあるため、すべてにこの考え方を適用するのは難しい。それでも、「金銭的に得する」より「精神的に満足する」を意識する買い物が増えると、お金を使うこと自体が楽しみに変わるだろう。
たとえば、「経験を買うと満足度が高い」とよく言われる理由もここにあるのかもしれない。経験は物として残らない分、比較や後悔をしにくい。それでいて、心に残る記憶として満足感が得られる。満足感を軸にした買い物こそ、真の価値を感じられる秘訣といえるのかもしれない。
まとめ – 賢く、豊かに生きる買い物学 –
本書では、日常的な行為である買い物を科学的に紐解き、その中に潜む心理や法則を明らかにした。役立つかどうかを抜きにしても、「へぇ〜」と感心できる雑学として楽しめる内容である。私自身、興味深い知識として大いに面白いと感じた。
だが、それだけではない。消費者としての視点や、ビジネスに応用できるアイデアが含まれており、少し工夫すれば役立てることができる。本書は、専門書のように深く掘り下げるものではなく、「気軽に読める雑学+α」の性格を持っていることもポイントである。
満足感のある買い物とは何か、ブランドの持つパーソナリティ、そして自分にとって良い意思決定とは何か。本書を通じて、それらを改めて考えるきっかけを得ることができた。ぜひ一度読んで、日常の買い物に少しの工夫を取り入れてみてほしい。そうすれば、買い物がより楽しく、精神的にも豊かな体験になるに違いない。
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