「ここだけはおさえて」ポイント
どんな人におすすめ?
・ビジネスで自分独自の価値を発揮したいと感じている人
・オリジナリティという言葉に共感する人
・これまでのやり方が通用せず、仕事で成果を出すための新しいアプローチを求めている人
ポイント①
これからの時代、美意識による価値創出が求められる
ポイント②
「説明できない良さ」を軽んじるなかれ
ポイント③
美意識を鍛えるためには「見る」力と「哲学」の力が大切
読みやすさ:★★★★☆
美意識という一見、つかみどころのないテーマが、なぜこれからのビジネスで重要になるのかを論理的に説明してくれる一冊。自分らしい価値を創出するために必要な「モノサシ」を見つけるヒントが得られる。
論理的で理性的であることにも、欠点がある
ビジネスにおいて、論理的で理性的であることは一見、正しい方法のように思える。しかし、その方法には意外な欠点も存在する。
例えば、新規事業の提案をする際、過去の売上データや市場シェアの推移を分析し、「この市場は年平均5%成長しており、競合他社の成功事例もある」と示せば、説得力が増す。また、コスト試算やリスクシナリオを示して「初年度の投資回収率は80%を見込める」と数字で裏付ければ、経営陣は納得しやすい。このように、論理的なアプローチは確かに「正しい」とされ、広く受け入れられている。
論理的、理性的な方法は、誰にとっても共通する合理性があり、再現性があるため、説得力を生む。また、数字を使えば、情報を共有しやすいという利点もある。例えば、80%という数字は、どんな人にとっても同じように理解でき、再現可能な確率である。
ところが、今回紹介する1冊では「論理的で理性的であることだけでは、これからの社会では生き残っていくことは難しい」というスタンスをとっている。
では、一見正しく思える論理的、理性的であることの欠点とはなんだろう。
【世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか? 経営における「アート」と「サイエンス」】(山口周・著)
山口周
哲学や美術の視点をビジネスに活かすことを提唱する独立研究者であり、著作家。電通やボストン・コンサルティング・グループ(BCG)で戦略策定に携わった後、独立し、企業研修や講演を通じて「これからの時代に必要なのは論理よりも直感や創造性である」と説いてきた。
氏の著書は、単なるビジネス理論ではなく、仕事やキャリアに新しい視点をもたらす内容となっていることが特徴。企業経営やリーダーシップにおいて、「論理的に考えるだけでは解決できない課題」に直面する人は多い。そうした場面で、アートや哲学の知見を活用することの価値を示し、多くの読者に影響を与えている。
論理的で理性的であることの欠点は、次の通りである。
- 正解のコモディティ化・方法論としての限界
- 自己実現的社会
- 変化に対してルールの制定が追いついていない
1. 正解のコモディティ化・方法論としての限界
論理的で合理的な思考の特徴は、誰でも同じ答えを導き出せることだ。これは再現性や共感性を生むが、裏を返せば、差別化ができないということでもある。ビジネスにおいて重要となる「我が社の強みは〜」に続く言葉が言えなくなってしまうのである。論理的、合理的であることは、正解のコモディティ化を生み出し、レッドオーシャンでの戦いを強いる構造となっている。
また、VUCA(不安定・不確実・複雑・曖昧)な時代において、全てを論理・合理で語ろうとすることは難しい。環境問題やESG経営に積極的な企業を応援したくなるのは、単に経済合理性に基づくものだけではない。コロナ禍の数年を経て「リモートワーク」が当たり前となったことを踏まえると、価値観が流動的になっていることにもピンとくるのではないだろうか。
2. 自己実現的社会
現代社会では、スマートフォンやインターネット、食べ物、衣服といった基本的な生活に必要なものはすでに供給されている。しかし、今後は「自分らしさを発揮できるもの」や「喜びを感じられるもの」が求められる時代だ。
例えば、オンライン学習プラットフォームや趣味や関心を共有するコミュニティなどは、もはや単なる「生活必需品」ではなく、人々の心を満たし、自己実現の一環として重要な役割を果たすものになっている。これらは、充実感をもたらし、人生に深みを加える。
人は単に「電話が欲しい」のではなく、「iPhone」という自己表現を実現するものを求めているのだ。
3.変化に対してルールの制定が追いついていない
日本では自動運転車のテスト走行が進められているが、現行の交通法規では自動運転車に対応するルールが整っていない。
例えば、2020年に日本政府は自動運転車の実用化に向けた政策を発表したが、現行法では運転者は必ず人間である必要があるという法律が存在する。自動運転車に関する責任の所在や事故発生時の保険制度も未整備であり、技術が進化しても法規制が追いつかない状況が続いている。
もしあなたが自動運転ビジネスに携わる立場に立つとしたら、法律だけでなく、あなた自身の倫理観に基づいて事業を進める必要がある。「自動運転で便利になること」ばかりを優先してしまうと、倫理的な問題が生じる可能性があるからだ。
このように、一見弱点がないように思える「論理的、理性的であること」にも、やはり弱点がある。だからこそ著者は美意識の重要性を説いているのである。
直感的で感覚的なものは、なぜ優先されづらいのか
美意識を優先することは「自分がいいと思うもの、ピンとくると感じるものを意思決定の基準におく」ということである。
「直感的で感覚的なものは、なぜ優先されづらいのか。」お察しのとおり、その判断の正しさや優位性を説明できないからである。
経営における意思決定には、次の3つの要素が絡んでいる。
- アート:直感的で感覚的であることを重視する姿勢
- クラフト:経験や熟練した技能・技術を重視する姿勢
- サイエンス:論理的で理性的であることを重視する姿勢
アート、クラフト、サイエンスが議論を戦わせる際、自分たちの優位性を客観的に言葉で示すことができないのはアートである。クラフトやサイエンスにおいては、「過去の経験を踏まえた結果、この判断に妥当性があります」「情報を分析した結果、この決断を下しました」といった説明ができる。一方、アートにおける「自分にとってはこれが良いと思う」を検証可能なものとして説明することは容易ではない。
当然、説明できないものは共感を得られにくいため、優先はされづらい。しかしながら、クラフトが優先されすぎると、新しい挑戦はできない。サイエンスが優先されると、差別化からは遠ざかる。「説明できないから」とアートを蔑ろにしてしまうと、自社固有の新しい価値提供ができなくなってしまうのだ。
あなたの美意識を鍛えるために
本書では美意識を鍛えるためのポイントが紹介されている。その中から、自分が参考になったものをいくつか記載する。
ありのままを“見る”
「エジソン」と「実験工房」の共通点はなんだろうか。
言葉のイメージから共通項を探し、「発明」と思い浮かべる人も少なくないだろう。確かにそれも正しいが、美意識を鍛えるという観点では、別の点に注目する必要がある。
この問いの正解は「工」の字である。
美意識を鍛えるには、ありのままを見る力を育てる必要がある。人間の脳はパターン認識をすることで情報を整理できるが、これはサイエンスに基づいた考え方であり、コモディティ的な答えを生んでしまう。エジソンと実験工房のパターン認識をしてしまうと、「理科」や「発明」などの分野の発想に偏ってしまう。一方、ありのままを見ると、思考の枠に制限がされないため、純粋な発想を生み出せるのである。
哲学では、「コンテンツ」ではなく、「プロセス」「モード」を意識する
哲学で得られる学びは、次の3つに分類できる。
- コンテンツ:哲学者が主張する内容そのもの。
例:最も多くの人々を幸せにすることが、道徳的に正しい。 - プロセス:コンテンツを生み出すに至った気づき、思考の過程。
例:道徳的な行動とは、すなわち、… - モード:哲学者自身の世界や社会への向き合い方。
例:人は道徳的に行動すべきだ。なぜなら…
我々がなぜ哲学に興味を惹かれないのか。それは「コンテンツが正しいかどうかに注目しがちだから」。これが著者の考えである。
確かに、「地球が宇宙の中心に位置し、他の天体は地球を中心にまわっている」と記載されている本に対して「間違っている」と感じるだろう。だが、「アリストテレスはなぜそう考えたのだろう」「この考えを通じ、アリストテレスはどう世界と接していたのだろう」と、プロセスやモードを学ぶ価値が、哲学にはある。
「哲学書を読め」とよく耳にするものの、なかなか読めないと感じている理由は、ここにある。あなたがなんとなく遠ざけてしまっている哲学書にこそ、美意識を磨くためのエッセンスがたくさん詰まっているのだ。いる哲学書にこそ、美意識を磨くためのエッセンスがたくさん詰まっているのだ。
まとめ – “自分なりのモノサシ”は、“ビジネスにおける強み”となる –
「ビジネスにおいて、なぜアートが大切なの?」といった疑問を解消してくれる一冊。本書ではビジネスというフィールドを中心に話が進められているが、実はこの考え方は自己実現の場面にも当てはめることができる。
美意識やアートという概念は、どうしても言語化が難しいものだ。しかし、それらを大切にすることで、レッドオーシャン化した市場に流されずに独自の道を歩むことができる。自分なりのモノサシを持つことで、自分自身の人生において主導権を握り、真の価値を提供できるようになる。
このように、本書で紹介されている考え方は、ビジネスにおいても自己実現においても有益であり、自分なりのモノサシをしっかりと持つことが、強みとなる。今後、どんな環境においても、自分のモノサシを意識して生きていきたいものである。
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