「ここだけはおさえて」ポイント
- どんな人におすすめ?
仕事上や友人、家族とのコミュニケーションで悩んでいる人/自分の意思がうまく伝えられないと感じている人 - ポイント①
コミュニケーションとは、他者とのスキーマ(知識や経験の枠組み)の違いを認識し、擦り合わせをしていく行為である - ポイント②
専門性を追求すると、視点は偏る - ポイント③
「伝わらない理由」を知ることが鍵。人がどのように聞き逃し、都合よく解釈し、誤解し、そして忘れるのかを知ることで、効果的なコミュニケーションの第一歩。 - 読みやすさ:★★★★
身近なテーマである「会話や伝え方」が中心で、内容が親しみやすい。説明も明快で、多くの人に理解しやすい仕上がりとなっている。
なぜ説明が伝わらないのか? スキーマに隠された本質
コミュニケーションで大切なことは何か、と問われれば、多くの人は「相手の話を聞くこと」と答えるだろう。自己啓発書や関連書籍でも“聞くこと”の重要性が繰り返し述べられている。それは正しい。では、自分の考えを相手に伝える際に大切なことは何か。「短く伝えること」「事実と意見を分けること」などが思い浮かぶだろう。これも間違いではない。
しかし、こうしたテクニックだけでは不十分な場合もある。「そもそも、なぜ伝わらないのか?」という根本を理解すれば、さらに効果的なコミュニケーションが可能になるはず。この疑問を解消してくれるのが、本書である。
【「何回説明しても伝わらない」はなぜ起こるのか? 認知科学が教えるコミュニケーションの本質と解決策】(今井むつみ・著)
今井むつみ
ノースウェスタン大学で心理学の博士号を取得し、現在は慶應義塾大学環境情報学部で教鞭をとる研究者。専門は「人の考え方」や「言葉の不思議」を解き明かす認知科学や言語心理学、そして発達心理学。これまでに出版した本では、「英語の学び方」から「子どもの考え方が伸びる秘密」まで、幅広いテーマで私たちの学びや成長をサポート。日々の生活や教育に役立つヒントが満載の著作を多数出版。
たとえば、「玄関で靴を脱がなかったために家が汚れた」という話を聞くと、日本ではネガティブな印象を抱く人が多い。しかし、靴を脱ぐ文化で育っていない人々にとっては、これは普通のことであり、何ら悪いことではない。この違いは文化や習慣、つまりスキーマの違いによるものである。
コートに関する例も興味深い。日本では訪問先でコートを着たまま会話することが珍しくないが、海外では「コートを脱ぐこと」に対して慎重な文化もある。家主の許可を得ずにコートを脱ぐと、「長居するつもりなのか」とネガティブに受け取られることもあるのだ。
一人ひとりの経験や育った環境によって、知識や思考の枠組み(スキーマ)が異なる。そして、自分のスキーマだけに頼って説明しても、相手には正確に伝わらない。それこそが「伝わらない」という現象の本質である。他者と正しくコミュニケーションを取るためには、スキーマの違いを理解し、相手とすり合わせる必要があるのだ。
専門性を追求すると、なぜ視点が偏ってしまうのか?
本書では、コロナ禍において専門家の意見がばらばらだった理由について触れられている。同じ「感染症を抑えたい」という目的があったのに、「とにかく家から出るな」という人もいれば、「必要な範囲で外出はOK」という人もいた。その理由は、相談相手が内科医だったり、公衆衛生の専門家だったり、経済の専門家だったりと、立場が全然違っていたからだ。
専門分野を突き詰めると、その人なりの正義が見えてくる。「短期的な経済の停滞を許してでも、感染症を早く抑えるべきだ」と考える人もいれば、「感染症の中でも経済を回し続ける方法を模索すべきだ」と考える人もいる。どちらも間違いではない。ただ、専門分野に集中すればするほど、自分の視点が固定されてしまい、それが偏りとして現れてくるのだ。
実は、専門家だけでなく、私たちも視点が偏ることがある。例えば、「靴は家で脱ぐのが当たり前」「コートは言われなくても脱ぐもの」と考える人も多いだろう。しかし、それは自分の経験や知識から生まれた偏った見方かもしれない。視点が偏ること自体は悪いことではないが、その見方を「唯一正しいもの」と信じ込むと、相手とすれ違いが起きやすくなる。
大切なのは、自分の視点に偏りがあることを自覚することだ。物事を広い視野で見るように心がけるだけでも、相手とのズレは減らせる。そして、相手の話を丁寧に聞くことも大事だ。視点が違うからこそ「聞く姿勢」を意識する。それだけで、コミュニケーションはもっとスムーズになるはずだ。
「人は忘れるものだ」ということすら、忘れる
何かを忘れたことはあるだろうか?この問いに「忘れたことなんてない」と答えられる人は、おそらくいないはずだ。
では、「自分が言ったことを相手が忘れるかもしれない」と考えながら話をしているだろうか。おそらく、多くの人がそこまで意識していないのではないだろうか。
例えば、部下が大切な書類の提出期限を忘れてしまったとき、
「今日までに提出しろと、先月、言っただろう!なんで忘れるんだ!」
などと厳しく注意をするのは、あまりおすすめできません。
そもそも、「今日までに提出しろと、先月、言った」という記憶が正しいか、という問題もあります。他の人が忘れず提出していたとしても、その部下だけが離席していて聞いていなかった、ということだってあります。「何回説明しても伝わらない」はなぜ起こるのか? 認知科学が教えるコミュニケーションの本質と解決策より引用
人間は誰でも忘れる。自分も忘れるし、記憶力にそれほど違いのない周りの人だって、同じように忘れる可能性が高い。これは当たり前のことだが、つい意識から抜け落ちてしまう。
それだけではない。「人は、自分の都合の良いように解釈する」という点も頭に入れておきたい。
あなたが職場で日常業務の報告を行ったとする。報告内容はあくまで「偶発的な事象」として説明したつもりだった。しかし、それを聞いた直属の上司が、そのさらに上の上司に報告する際、「誰かの過失」であるかのように伝えてしまうことがある。もちろん悪意があるわけではなく、その直属の上司が「これは誰かの過失だ」と解釈してしまった結果だ。では、誤解を訂正しようと上司にもう一度話をすると、「その話は聞いたから、もういい」と一蹴されてしまう場面も想像できるだろう。
このように、私たちは他人の話をそのまま正確に理解しているわけではない。記憶力の問題だけでなく、物事の解釈もスキーマや視点の違いによって左右される。だからこそ、「話せばわかりあえる」と単純に考えるのではなく、互いの認識を丁寧に擦り合わせていくことが大切になる。
まとめ – 「伝え方」だけではなく、「伝わらない理由」を深く考えられる1冊 –
コミュニケーションに関する書籍には「話し方」や「聞き方」を重視した内容が多い。しかし、本書の特徴はそこにとどまらず、「なぜ伝わらないのか」という認識や解釈の違いに光を当てている点にある。
特に注目したいのは、「他人同士が頭の中の違いをどう擦り合わせていくか」という視点。話し方や聞き方といったテクニックも確かに重要ではあるが、本書が伝える「コミュニケーションとは認識を擦り合わせること」という本質的なメッセージは、多くの人に新鮮な気づきをもたらすだろう。
スキーマを理解し、効果的に擦り合わせる方法など、実践的な内容も多く含まれている点も魅力である。本書はベストセラーになっており、内容が平易で読みやすいので、コミュニケーションに課題を感じている人だけでなく、広くおすすめできる1冊。ぜひ手にとって読んでみてほしい。
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