はじめに — 読む前に押さえておきたいこと
あなたはこんな悩みを抱えていないだろうか?
会議で自分の考えを説明したつもりなのに、なぜか話がうまく伝わらない。
説明をしているうちに話が長くなり、途中から何を主張しているのか曖昧になってしまう。提案をしても別の論点を持ち出され、気づけば議論の流れが変わっていることもある。
あるいは、上司や取引先から急な依頼を受けたとき、本当は難しいと思っていてもそのまま引き受けてしまうこともあるかもしれない。
こうした場面は、特別なものではないだろう。むしろ多くの人が日常の仕事の中で経験していることではないだろうか。
もちろん、与えられた仕事をきちんとこなすことは重要である。しかし実際の現場では、複数の案件が同時に進み、時間やリソースには常に限りがある。
そうした状況の中では、自分の考えを整理し、必要に応じて相手に伝えることもまた大切になる。
ただ、「主張する」という行為には、どこか難しさがある。伝え方を間違えると強く聞こえてしまうかもしれないし、説明しているうちに自分でも何を言いたいのか分からなくなることもある。
その結果、意見を伝える前に引いてしまったり、流れに任せてしまったりすることも少なくない。
本書が示すこと(著者の主張)
本書が扱うのは、相手を言い負かすための話し方ではない。また、強い主張をすることを勧める内容でもない。
焦点が当てられているのは、「賢く主張する」ための考え方である。
意見が通らないとき、その原因は内容そのものではなく、話の構造や議論の進め方にある場合も多い。主張が整理されていなかったり、論点が曖昧なまま話が進んでしまったりすると、相手にとっては理解しにくいものになってしまう。
そのため本書では、ディベートの考え方や論理的な話し方を手がかりにしながら、主張を整理し、相手に伝える方法を説明していく。
主張とは、感情をぶつけることではない。事実や根拠をもとに筋道立てて説明し、自分の意見の妥当性を示すことである。
そのためには、考える力、聴く力、そして表現する力が必要になる。
さらに、議論の流れを整理し、会話の主導権を意識することで、自分の主張をより適切な形で伝えることができるようになる。本書は、そうした視点を具体的な場面を通して提示している。
本書を読んで感じたこと(私見)
印象的だったのは、「主張すること」を特別な能力として扱っていない点である。
ディベートや論理的思考という言葉からは、どこか高度なスキルのような印象を受けるかもしれない。しかし本書で紹介されている考え方は、日常の仕事の中でも実践できるものが多い。
例えば、結論から話すこと。理由や根拠を確認すること。そして、議論の論点を一つずつ整理していくこと。
どれも特別な方法ではないが、意識するだけで会話の進み方は大きく変わる。
自分の意見を押し通すというより、客観的な事実や論理をもとに主張する。その姿勢は対立を生むものというより、むしろ議論を建設的な方向へ進めるための土台になるものだと感じた。
日常の仕事の中で、「なぜか意見が通らない」と感じる場面があるなら、本書の視点は一度立ち止まって考えるきっかけになるかもしれない。
なぜ私たちは自分の意見を押し通せないのか
「田中さん、来週までにとお願いしていた東西社への提案書なんだけど、今週中にもらえないかな」
「え!?今週中ですか?今週は南北社の案件で手一杯なのですが…。」
「南北社の方は鈴木さんにやってもらうようにするから、東西社はきみじゃなきゃ無理なんだよ。頼む!」
「…。はい。わかりました…。」
こうした場面に覚えがある人は多いのではないだろうか。
自分の事情は確かに伝えている。それでも最終的には相手のお願いを受け入れてしまう。こちらが我慢をしたり、なんとか帳尻を合わせたりすることで、その場を収めてしまうのである。
もちろん、上司も悪意があって頼んでいるわけではない。むしろ、無理を言っている自覚すらあるだろう。それが伝わってくるからこそ、こちらも強く断ることができず、結果として引き受けてしまう。
しかし、1つや2つならまだしも、このような“譲歩”が重なるとどうなるだろうか。気づけば「お願いすればなんとかしてくれる人」というポジションが出来上がってしまう。
そうなれば、仕事の負担は増え続ける。キャパシティの問題だけではない。精神的な負担も確実に蓄積していく。程度によっては、転職を考えるきっかけにさえなり得るだろう。
ビジネスにおいて、主張すべき場面で自分の意見をきちんと伝えることは、健やかに働く上で非常に重要なスキルである。しかし現実には、立場や人間関係への配慮が邪魔をしたり、そもそも主張の方法そのものを知らなかったりする。結果として、本意ではない方向に流され、それでも何とかしてしまうという状態が繰り返される。
では、自分の意見をきちんと伝えながら、相手との関係も壊さない方法はあるのだろうか。
【賢く主張する技術 ディベートから学ぶ 「納得と共感」のロジカルスキル】(名和田 竜 著)
名和田 竜
経営戦略コンサルタント、コミュニケーション・ディベーター。
相模女子大学非常勤講師、東京国際工科専門職大学非常勤講師を務める。マーケティングと心理学を軸に、人材育成・営業・コミュニケーション戦略などの分野で研修・指導を行っている。
大学卒業後、広告代理店で営業およびプランナーとして勤務し、数多くの企画を手がける。その後、戦略コンサルタントとして独立。学生から新人、経営者まで幅広い層を対象に研修・指導を行い、これまでの指導人数は全国で延べ5,000人を超える。
近年は、従来の競争戦略中心のマーケティングの限界に問題意識を持ち、顧客との持続的な関係構築を重視した独自の戦略理論「SRマーケティング」を体系化。2024年にはその内容を大学研究誌に論文として寄稿している。
大学では「プロモーションとサービス」「コミュニケーションツール」「ベンチャー起業経営」「企業経営論」などの科目を担当。営業・マーケティングに心理学を応用したコミュニケーション手法の研究・教育にも取り組んでいる。
また、JADP認定上級心理カウンセラーの資格を持ち、コミュニケーションや人材育成の分野で幅広く活動している。
ディベートは「論破」のための技術ではない
与えられた仕事を、求められた水準で遂行する能力は非常に重要である。しかし現実の仕事では、たった一つの業務だけに集中していればよい状況はほとんどない。複数の案件を同時に進めたり、日々のオペレーションを回しながらトラブル対応をしたりすることが当たり前である。つまり、私たちは常に限られた時間とリソースの中で仕事をしている。
そんな状況で、前章で紹介したような依頼をされた場面を思い出してほしい。
決して珍しい話ではないだろう。依頼を受けるだけではなく、最終的にこちらが折れてしまうところまで含めて、よくある光景ではないだろうか。
上司からの依頼である以上、どうにもできないと考えてしまう。しかし、本書はそうではないと言う。主張すべきことは、立場に関係なくきちんと伝えることができる。そのためのヒントとして紹介されているのが、ディベートで用いられる技術である。
ディベートには「競技ディベート」と呼ばれる形式がある。あるテーマについて、賛成側と反対側に分かれて議論を行うものだ。基本的な流れは次のとおりである。
- 肯定側の立論:論題に対し支持する理由を主張
- 否定側の尋問:肯定側の立論に対し確認したいことを質問
- 否定側の立論:論題に対し支持しない理由を主張
- 肯定側の尋問:否定側の立論に対し確認したいことを質問
- 否定側反証:反論・論じ返し・再主張
- 肯定側反証:反論・論じ返し・再主張
- 否定側最終弁論
- 肯定側最終弁論
- 審判による勝敗の判定
勝敗は、肯定側・否定側それぞれの主張の客観性や論理の整合性を踏まえ、どちらがより説得力を持っていたかによって判断される。言い換えれば、「どちらの主張の方がより合理的でメリットが大きいか」が評価されるのである。
そして、このディベートで勝つために必要とされるのが、次の三つの力である。
考える力
これは論理的思考力である。自身の感情や好みを一旦脇に置き、「なぜその主張が妥当なのか」を事実と根拠に基づいて説明する力だ。仮に相手が上司であっても、その主張が事実として正しいのであれば、それに対して論理的に応答する必要がある。
聴く力
ビジネスにおいても、「主張と主張」がぶつかる場面は少なくない。相手の話に集中して耳を傾けることで、「なぜその主張をしているのか」という背景を理解できる。場合によっては、その主張の弱点や前提の曖昧さに気づくこともある。
表現力
どれほど論理的な主張であっても、それだけで人が動くとは限らない。声のトーンや話し方によって、同じ内容でも説得力の印象は大きく変わる。ロジックに加えて、自信を持って意見を伝える表現力が伴うことで、主張は初めて相手に届くものになる。
ここで重要なのは、ディベートから学べるのは「相手を論破する技術」ではないという点である。主張の根拠を明確にし、相手の話を正確に理解し、論理的に会話を進めるための技術なのである。
では、実際のビジネスの場面では、どのように主張を組み立てればよいのだろうか。
では、どうやって主張する?
とある会議での報告である。あなたが報告を受ける側だとして、どう思うかを考えてみていただきたい。
私から新町店についてのご報告をいたします。まずこの店舗は客数の減少が目立ちます。
平均客数自体が落ちていますし。客単価も300円近く下がってします。
近隣に低価格を売りにする競合店が半年前に出店してきたことも大きく影響しているかと思います。
私的には、メニュー価格の見直しを祖応急に検討する必要があるかと思います。当社の店舗との平均価格差は500円以上ですんもで、かなりの影響かと。
また、期間限定メニューのテコ入れやクーポンの配布強化なども打開策になるのではないかと考えます。ちょうどこの一年はあまりクーポンの配布も行っておりませんでしたので…。それとデザートの拡充にも注力すべきかと。
あとはアンケートなどを取るのも1つではないかと思います。
とにかく、集客アップが今後の課題となります。
おそらく多くの人が感じるのは、「結局何を主張したいのか」が不明瞭だという点ではないだろうか。
また、現状確認の部分においても、
- 客数はどのくらい減ったのか
- 客単価が300円近く下がったのはいつからなのか
- 客数減少との因果関係はあるのか
- 競合店はどのくらい集客できているのか
など、いくつもの疑問が浮かぶ。
打ち手についてもさまざまな提案が挙げられているが、そもそも「メニュー価格が客数減少の原因なのか」が明確ではないため、その見直しやクーポン配布が有効な施策なのか判断することが難しい。
また、単価と客数の相関も分からないため、メニューの拡充が妥当な施策かどうかも判断しづらい。
まとめると、この報告には次の三つの問題が存在する。
- 客観性の希薄
- 根拠が不明瞭
- 数字の欠如
では、なぜ言いたいことが伝わらないのか。その答えはシンプルで、「論理性に欠けているから」である。
論理的であるということは、
- 客観性があり理屈に合っている
- 合理性・妥当性がある
- 筋道が通っている
という状態を指す。
これらが満たされて初めて、相手に納得してもらえる主張になる。
では、どうすれば論理的な主張ができるのだろうか。その方法として広く知られているのが、PREP法である。
PREPとは
Point(結論・主張)
Reason(理由)
Example(具体例・事例)
Point(結論・主張)
という構造を指す。
ディベートをイメージすると分かりやすいが、人が何かを主張する際には、必ずその理由もセットで伝えるはずである。そして、その理由を裏付ける具体例や数値、客観的事実が示されることで、聞き手は納得する。
PREP法を用いると、先ほどの報告は次のように整理することができる。
【Point】
私から新町店についての現状の課題と改善策についてご報告します。
結論から申し上げると、新町店はとにかく客数の減少が目立ちます。したがって、その原因を分析し早急に客数アップの対策を取ることが必要です。
【Reason】
まず来店客数の減少ですが、半年前に近隣に低価格を売りにする競合店が出店したことが大きく影響しているかと思います。ちなみに当社の店舗との平均価格差は500円以上です。
また、客単価も300円近く下がっています。この要因の1つとして、この一年のクーポン配布を行っていないことが考えられます。
【Reason】
今後、至急取り組まねばならないことは、お客様の実態を正確に把握することと考えますので、まずは、曜日や時間ごとの来店客数・客単価及び注文内容等を前年度と月別で分析したいと思います。また、店舗にてアンケートを実施し顧客の声も拾って参ります。
同時に、競合店の集客状況もベンチマークしたいと思います。
あとは現時点で考えられる具体的な手段として、クーポンの配布を実験的に再開したいと思います。同時に期間限定メニューやデザートメニューもテコ入れし、集客と客単価への影響力も検証したいと思います。
【Point】
以上の対策を検討しておりますが、まずは来店客のデータを分析し、早急に効果的な施策を打っていきたいと思います。私からの報告は以上です。
少し構造を整えるだけで、受ける印象は大きく変わるのではないだろうか。
- 思いついたことをそのまま話してしまい、途中から自分でも何を言いたいのか分からなくなる。
- 説明が長くなり、主張のポイントがぼやけてしまう。
こうした経験に覚えのある人は少なくないはずだ。
そのような場合には、PREP法というシンプルな型を意識するだけでも、主張の伝わり方は大きく変わる。
結論を先に述べ、理由を説明し、具体例を示したうえで再び結論に戻る。
たったそれだけのことだが、この構造を意識するだけで、相手に伝わる主張へと大きく近づくのである。などといったことに覚えのある方は、ぜひPREP法を実践してみることがおすすめだ。
会話の主導権を握る
主張の技術は、会議のような場でのみ力を発揮するわけではない。冒頭で紹介したような日常的なシーンにおいても、十分に力を発揮する。
「田中さん、来週までにとお願いしていた東西社への提案書なんだけど、今週中にもらえないかな」
「今週中ですか?なぜ、急に早くなったのですか?」
「詳しいことはわかないが、営業部の方からそう言われちゃって(汗)」
「なるほど。明確な理由はわからないわけですね。すみませんが、一度営業部へ確認していただいてもよろしいでしょうか?」
「そうだな。うん、わかった。」
「その上でもう1つお願いがあるのですが、よほどの理由でない限り、今週中ではなく、週明け早々で調整をお願いできますでしょうか?」
「う、うん。そうするよ…。」
この場合、部下という立場であっても、自分の主張を明確に通すことができている。
多くの場合、言いくるめられてしまう場面では、会話の主導権が自分ではなく相手側にある。そのため、会話の主導権を握れるかどうかが、自分の主張を通すことができるかどうかの鍵となる。
では、会話の主導権を握るにはどうすればよいのだろうか。
基本となるのは、次の三つのステップである。
- まず、事実関係を確認する
- 次に、その状況になった理由や根拠を確認する
- その上で、自分の意見を伝える
先ほどの例で考えると、
事実関係の確認は「締め切りが今週になったことの確認」であり、理由の確認は「なぜ締め切りが早まったのかの確認」、そして自分の意見は「営業部へ理由を確認し、締め切りを週明け早々に調整してほしい」という部分にあたる。
このやり取りでポイントとなっているのは、「なぜ締め切りが早まったのか」という問いに対して、明確で論理的な理由が示されていないことに着目している点である。
自分の主張を述べる前に、「締め切りを早める理由は明確なのか」という点を確認し、その論理性を整理している。そのうえで、「であれば私は来週早々のスケジュールで対応したい」と自分の意見を提示している。
もし最初から「来週早々で何とかなりませんか」と提案していた場合、おそらく上司の立場からは「そこを何とか」と押し切られてしまう可能性が高い。
しかし、会話の主導権を握り、論理的な流れで会話を進めることで、自分の主張の妥当性を示すことができているのである。
このように、日常会話においても「言っていることに客観的な妥当性があるかどうか」は常に意識されている。
ディベートの場で意見を述べるときと同様に、あなたの発言に客観性や論理性が感じられれば、それに紐づく主張もまた妥当なものとして受け取られる。
もう一つ大切なのは、論点を一つに絞ることである。
例えば、先ほどの提案に対して「今週は南北社の案件で手一杯なんです」と伝えてしまうと、論点が増えてしまう。本来の論点は「なぜ締め切りが早くなったのか」であるにもかかわらず、「どうすれば南北社の案件を回せるのか」「業務量をどう調整するのか」といった新たな論点が生まれてしまうのだ。
議論では、後から出てきた論点の方へ話が流れていくことが多い。その結果、「では南北社の案件は別の人に回そう」といった提案が出され、最終的には本来の論点である「なぜ締め切りが早まったのか」という話に戻らないまま、押し切られてしまうのである。
だからこそ、主張を通したいときは、論点を増やさないことが重要になる。
まずは事実を確認し、理由を問い、そのうえで自分の意見を述べる。そして議論の焦点を一つに絞り続ける。
このシンプルな流れを意識するだけでも、会話の主導権は少しずつこちら側へと移ってくる。
そしてその積み重ねが、日常の仕事の中で、自分の意見を適切に主張できる力へとつながっていくのである。
主張とは「相手を動かす技術」である
ここまで、ディベートの考え方やPREP法、そして会話の主導権を握る方法について見てきた。
これらに共通しているのは、「相手に勝つこと」が目的ではないという点である。
ディベートという言葉からは、「相手を論破する技術」というイメージを持つ人も多い。しかし実際に重要なのは、相手を言い負かすことではなく、自分の主張の妥当性を客観的に示すことである。
ビジネスの現場でも同様だ。
上司、同僚、他部署、取引先など、立場や利害が異なる相手と仕事を進める以上、意見の違いは必ず生まれる。
そのような場面で求められるのは、感情ではなく論理によって会話を進める力である。
そのためには、
- 事実を確認する
- 理由や根拠を整理する
- 自分の主張を構造的に伝える
といった基本を意識することが大切だ。
PREP法を用いて主張を整理することも、会話の主導権を握るために事実や理由を確認することも、すべてはこの姿勢につながっている。
主張とは、相手を打ち負かすためのものではない。客観的な事実と論理をもとに、自分の考えを伝え、より妥当な結論を導くための技術である。
日常の業務の中で、「なぜか意見が通らない」「言いくるめられてしまう」と感じる場面は少なくない。だが、それは必ずしも意見そのものに問題があるわけではない。
伝え方や議論の進め方を少し工夫するだけで、相手の受け取り方は大きく変わる。
まずは、結論・理由・事実を意識して話すこと。その小さな積み重ねが、より賢く主張するための第一歩になるはずだ。
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