はじめに — 読む前に押さえておきたいこと
あなたはこんな悩みを抱えていないだろうか?
・デスクワークや会議の後、頭がぼんやりして何も考えられない
・しっかり眠ったはずなのに、疲労感や集中力の低下を感じる
・脳のパフォーマンスを上げるために、何をすればよいかわからない
こうした悩みは、単に「疲れている」「眠れていない」といった表面的な問題だけでは説明できない。背景には、脳と体の関係性や刺激の受け取り方、日常生活における思考の使い方といった構造的な要素がある。
本書が示すこと(著者の主張)
本書は、脳の疲労やパフォーマンスの低下を、単なる体力や睡眠不足の問題としてではなく、脳の働き方と体・刺激との関係から解き明かす。
著者は、脳の疲れや集中力低下は「脳が休んでいないから」ではなく、「体を休ませるために脳がエネルギーを使っている状態」と説明する。また、脳の働きを最大化するためには、睡眠だけでなく、新しい刺激や体験を通じて脳に栄養を与えることが重要であると述べる。
さらに、脳神経外科医としての経験や観察をもとに、脳のパフォーマンス向上の具体的手法(睡眠、刺激、目を瞑ることなど)を紹介し、日常生活で応用できる視点を提供している。ただし、これらは一部推測に基づくものであり、科学的に完全に証明されているわけではない。考え方のひとつとして留意しながら読み進めることが望ましい。
本書を読んで感じたこと(私見)
脳の疲れやパフォーマンスの低下に対する一般的なイメージを覆す内容で、日常生活の中で自分の脳との付き合い方を考えるきっかけになる。
特に印象的だったのは、「脳を休ませる」ことよりも、「脳とうまく付き合い、刺激と休息のバランスを取ること」がパフォーマンス向上につながるという考え方だ。
この視点を意識すると、単なる疲労回復や休息に頼るのではなく、日常での行動や学習、体験の取り入れ方を見直す重要性が自然と理解できる。
あなたの脳、疲れていませんか?
デスクワークで体を激しく動かしているわけではないのに、確かにあなたは疲れている。
会社の上司とうまくやったり、細かなToDoを片づけたりしたあとに感じる、あのぐったりした感覚。何かを考える気力がなくなり、つい甘いものに手が伸びてしまう瞬間だ。そんなとき、「脳が疲れている」と感じたことはないだろうか。
けれど、「そもそも脳はどうやって疲れるのか」を真剣に考えたことはあるだろうか。体の疲労なら、「エネルギーが尽きる」「筋肉が酷使される」など、感覚的にも理屈としても理解できる。だが、脳の場合はどうだろう。思考を続けるだけで、なぜこんなにも重たくなるのか。どうすれば脳を本当の意味で休ませることができるのか。
今回は、そんな“脳の疲労”の正体に迫る一冊を紹介したい。
【不夜脳 脳がほしがる本当の休息】(東島 威史 著)
東島 威史
脳神経外科医でありながら、日本プロ麻雀協会に所属するプロ雀士という異色の経歴をもつ人物。1983年、新潟県生まれ。群馬大学医学部を卒業後、脳神経外科の道に進み、機能神経外科やてんかん治療の専門医として臨床・研究に携わってきた。現在は横須賀市立うわまち病院の脳神経外科第二科長を務め、横浜市立大学で医学博士号も取得している。
一方で、もうひとつの顔はプロ雀士。麻雀を「人と人をつなぐツール」と捉え、知的なゲームを通じて人間の思考や関係性を探る活動も行っている。子ども向けの著書『頭がよくなる!子ども麻雀』(世界文化社)では、単なる遊びではなく「考える力を育てる知育」として麻雀を再定義してみせた。
医療の現場で脳を扱いながら、麻雀という“思考の実験場”にも身を置く。その二つの視点が、彼の言葉や思索に独特の深みを与えている。
睡眠は脳を救うのか?
「睡眠は体だけでなく、脳にも良いのか」。
直感的には「もちろんそうだ」と答える人が多いだろう。
徹夜をした翌日、あるいは翌々日には、確実にガタがくる。体は重く、集中力は落ち、思考も鈍る。頭の中がもやのように曇り、「何を考えればいいのかすらわからない」感覚に陥る。そんなとき私たちは、「脳が疲れている」と表現する。
だが、著者の見立てによれば、それは正確ではない。体と脳は同じように疲れるわけではないのだ。
著者は、体と脳の関係をこうたとえる。「体という“子どもたち”がしっかり眠っているかを、脳という“保育士”が見守っている」と。
つまり、睡眠によって回復しているのは体であり、脳はその監督役を担っている。私たちが眠っている間も、脳はずっと働き続けている。呼吸や心拍を整え、夢を見せ、記憶を整理する。脳は“休んでいる”というより、“体を休ませるために働いている”のである。
したがって、睡眠不足のときに感じるあの思考の鈍さは、「脳が疲れた」結果ではない。むしろ、「体を眠らせるために脳がエネルギーを使い、その分、他の処理が後回しになっている」状態といえる。
極論すれば、体だけを完全に休ませることができるなら、脳はずっと働いていても構わない。脳が求めているのは“停止”ではなく、“体を整えるための環境”なのだ。
刺激が脳を育てる
もし、睡眠が脳に直接的なプラスをもたらさないのだとしたら――では、脳にとっての“栄養”とは何なのだろうか。
その答えは、「刺激」である。
人間の時間感覚を測定する「タイム・プロダクション」という手法がある。「30秒経過したと思ったタイミングでストップウォッチを止めてください」といった実験だ。
興味深いのは、ランニングをして息が上がった状態でこの実験を行うと、実際よりも短い時間で止めてしまう傾向があることだ。たとえば「100秒後に止めて」と指示しても、90秒ほどでボタンを押してしまう。
この現象は、「普段なら100秒かけて処理している情報を、90秒で処理してしまった」結果と考えられる。つまり、ランニングによって脳が刺激を受け、情報処理速度が上がったということだ。脳と心臓は密接に連動しており、体の興奮状態が脳の働きを活性化させるのである。
さらに、フランスの学者による実験もこの考えを裏づける。太陽光のない洞窟で、他人との接触を絶ち、ひとりで生活するというものだ。被験者は約1ヶ月を過ごしたあと、「まだ半月しか経っていない」と感じたという。
このズレは、環境から得る刺激の量が大幅に減ったために、時間の進みが“遅く”感じられた結果だ。洞窟での1ヶ月間の刺激量が、普段の生活での半月分にしか満たなかった、ということである。
つまり――脳にとっての栄養素は刺激である。刺激があることで、脳はより多くの情報を短時間で処理できるようになる。静かな休息よりも、むしろ新しい刺激こそが、脳を生かす“食事”なのだ。
脳のパフォーマンスを最大化するために
脳の仕組みと体の関係性を理解すると、次に気になるのは「どうすれば脳のパフォーマンスを高められるのか」という点である。ここでは、日常生活の中で実践できるいくつかの方法を紹介したい。
睡眠を確保する
脳そのものに睡眠は不要だが、体が休息を求めている状態では、脳はその指令を最優先しようとする。結果として、思考や集中力を維持するためのリソースが削がれてしまう。
つまり、睡眠は脳を直接的に強化するものではないが、脳が最大限働くための「前提条件」なのである。眠らない脳は、体に引きずられて性能を発揮できない。だからこそ、脳を守る意味でも、十分な睡眠を確保する必要がある。
刺激を与える
脳を活性化させる刺激は多様だ。読書や運動はもちろん、外国語学習やゲームも効果的だという
特に外国語学習では、母国語を抑えて別の言語を使おうとする過程で、脳内の異なる神経ネットワークが働く。これがいわば「予備回路」としての役割を果たし、アルツハイマー型認知症などの発症後も、損傷を受けた部分を補うように機能するとされている。母国語だけを使う人に比べ、脳に“余力”を残せるというわけだ。
また、ゲームも脳にとって有効な刺激となる。シューティングやレーシングゲームは集中力の維持に、マインクラフトのような創造型ゲームは「パターン分離能力」を鍛えるとされる。もちろん、過剰なプレイは逆効果だが、ゲームを一律に悪者扱いするより、うまく活用する方が理にかなっている。
目を瞑る
意外に思えるが、「目を瞑る」こともパフォーマンス向上に役立つ。
人は体を動かす際、平衡感覚や空間認知だけでなく、常に視覚情報を参照している。バレエやダンススタジオに鏡があるのも、視覚的なフィードバックを得るためだ。
しかし、あえて視覚を遮断すると、身体感覚のみで動きを調整する必要が生じる。その状態でズレに気づき、修正を繰り返すことで、運動の精度が飛躍的に高まるという。
つまり、目を閉じることで、普段は使われにくい感覚に光が当たり、脳の潜在的な能力を引き出すことができるのだ。
“脳の疲れ”をどう捉え、どう付き合うか
ここまで見てきたように、私たちが「脳が疲れた」と感じるとき、それは単にエネルギーが尽きているというよりも、体と脳の関係性が乱れている状態と言える。
睡眠不足は脳の疲労ではなく、体を整えるために脳が働き続けている結果であり、静的な休息よりも、新しい刺激こそが脳を活性化させる。この本が提示するのは、そんな常識を少し裏返すような視点だった。
ただし、著者の主張の中には、まだ科学的に明らかになっていない部分も含まれている。したがって、本書の内容は「絶対的な医学的事実」としてではなく、脳との付き合い方を考えるための一つの視点として受け取るのがよいだろう。そのうえで、著者が示す「脳の疲労とは何か」「刺激と休息の関係をどう捉えるか」という考え方には、私たちの日常を見直すきっかけが多く含まれている。
仕事で煮詰まったとき、脳の疲れを理由にただ休むのではなく、「どんな刺激を与えれば、また動き出せるだろう」と考えてみる。
そんなふうに、自分の脳との付き合い方を少し柔らかくするためのヒントが、この本には詰まっている。
結局のところ、「脳を休ませる」よりも、「脳とうまく付き合う」こと。その姿勢こそが、パフォーマンスを最大化するいちばん現実的な方法なのかもしれない。
参考記事
変化の激しい時代に、脳を順応させるために
現代社会を生き抜くために、あなたの脳をアップデート。
不調とは何か
あなたの不調の正体を、科学的に理解するために。
変われない自分に対する処方箋
変われない自分を、どう捉えますか?





コメント