はじめに — 読む前に押さえておきたいこと
あなたはこんな悩みを抱えていないだろうか?
- 組織の中で努力しているのに、なぜか成果が出ず、空回りしていると感じる
- 社内の人間関係や部署間の連携がうまくいかず、問題の原因が「誰か」に押し付けられてしまう
- マネジメントの立場として、効率と能率、短期利益と長期利益のどちらを優先すべきか悩み続けている
- ワークライフバランスを意識しても、仕事と生活の理想の形に近づける実感が持てない
こうした悩みは、会社員として働く誰もが一度は直面するものである。特に近年は、働き方改革や価値観の多様化が進む中で、「組織」と「個人の働き方」をどのように調和させるかが、多くの人にとって避けられないテーマとなっている。
本書が示すこと(著者の主張)
本書が示すのは、「組織」と「個人の働き方」を結びつけて考える視点だ。
組織に必要な3つの要素――「共通の目的」「協業の意思」「コミュニケーション」。これらのいずれかが欠けると、組織は途端に機能しなくなる。問題は個人そのものではなく、人と人との「間」に生じるものである。
また、均衡した安定状態は一見良さそうに見えて、実は成長を止めてしまう。大切なのは「不均衡」を意識的に活用し、振り子のように組織を揺らしながら前に進めることだ。そしてこの考え方は、組織にとどまらず、個人の働き方にも応用できる。ワークライフバランスやキャリア形成においても、「不均衡」を受け入れることで成長の契機をつかむことができるのだ。
本書を読んで感じたこと(私見)
本書を通じて強く感じたのは、組織の問題を「誰が悪いか」に帰属させてしまう限り、本質的な解決にはつながらないということだ。大事なのは、人と人をつなぐ「間」をどう整えていくか。そして、そのためのキーワードが「不均衡」である。
一見すると不安定に思える状態も、実は成長のためには必要な揺らぎだという視点は、組織論としても働き方論としても新鮮である。私自身、「現状維持が安心」という思考にとどまってしまうことがあるが、それは成長を止める危うさでもあるのだと気づかされた。
日常の仕事において、まずは「今どちらに偏っているのか」を意識し、あえて逆の側に振ってみる。そうした小さな実践から、自分の働き方や組織の在り方をより良くしていけると感じた。
組織と働き方をつなぐ視点
あなたは、自分の会社のことを好きだろうか。
おそらく多くの人は「Yes」とは答えないだろう。では、少数ながら「好きだ」と答える人は、なぜそう感じるのだろうか。
単純に「会社そのものが好き」という理由も考えられる。しかし実際には「結局は人だ」と語られるように、「一緒に働く人が好きだから」という答えが多いのではないか。
組織という大きな単位で考えると、自分にはコントロールできないことが多いように思える。だが、組織と働き方は切り離せない。自分の働き方を考える上で、所属する企業のあり方を見つめ直すことは、極めて理に適ったアプローチなのである。
今回紹介するのは、まさにその「組織」と「個人の働き方」を結びつけて考える視座を与えてくれる一冊である。
【組織と働き方の本質 迫る社会的要請に振り回されない視座】(小笹芳央 著)
小笹芳央
1961年大阪府生まれ。早稲田大学政治経済学部を卒業後、リクルートに入社し、人材開発部やワークス研究所の主幹研究員、組織人事コンサルティング室長を歴任。その後2000年に独立し、世界初のモチベーションに特化したコンサルティング会社「リンクアンドモチベーション」を設立、代表取締役に就任した。行動経済学や心理学、社会システム論を基盤にした独自の「モチベーションエンジニアリング」を確立し、大手から中堅・中小企業まで幅広い組織改革を支援。2008年の上場以降は、CVCとしての出資先企業の約半数がIPOやバイアウトを実現するなど、顕著な成果を上げている。
組織を壊すのは、人ではなく関係性
単なる「集団」と、会社のような「組織」は何が違うのだろうか。
著者によれば、組織には次の3つが不可欠である。
- 共通の目的
- 協業の意思
- コミュニケーション
駅のホームで同じ電車を待っている人々は「集団」にすぎない。だが、誰かがホームから転落したとき、その人を救おうと共通の目的を持ち、コミュニケーションを取りながら協力し合う瞬間、そこには「組織」が生まれる。
企業も同様だ。ビジョンや理念の達成を目指し、部署を越えてコミュニケーションを図り、連携しながら行動することで「組織」として機能する。個々人が別々の目標を掲げ、互いを蹴落とし合う集まりでは、もはや組織とは言えない。
ここから導かれるのは次の理論である。
「共通の目的」「協業の意思」「コミュニケーション」のいずれかが欠けると、組織はうまく機能しなくなる。
企業には常に問題が発生する。その際、私たちはつい「誰かが悪い」と個人に責任を求めがちだ。だが本質的には「人」ではなく「人と人の間」に問題がある。目的が共有されていない、協力の意思が薄い、十分なコミュニケーションが取れていない――原因はそのいずれかにある。
この「間」の問題は、組織を分化することで緩和できる。たとえば10人の組織では、人と人の関係性は45パターン存在する。しかし5人ずつの組織を2つに分ければ、関係性はそれぞれ10パターンに減り、問題は生じにくくなる。
そして、分化した組織をつなぐ役割を担うのがマネージャーである。部署間の目的をすり合わせ、コミュニケーションを促し、協業が進むよう働きかける。また、部署内でも一人ひとりがつながりを持ち、組織として機能するよう支える。
ただし、マネージャーには常に葛藤がある。
- 効率(組織の成果)と能率(個人の欲求充足)のどちらを優先するか
- 短期利益と長期利益のどちらを優先するか
- 分化による統制を進めるべきか、それとも一体感の醸成を重視すべきか
いずれも軽々しく答えを出せるものではなく、マネージャーを悩ませ続ける問いである。
不均衡が組織を前進させる
課題解決のキーワードは「不均衡」である。
安定して揺らぎがない状態――つまり均衡と聞くと、人はポジティブなイメージを抱く。しかし、組織における均衡とは、成長が止まっている状態と同義である。「均衡=安定=成長」では決してない。
効率と能率の間にある葛藤を考えてみよう。
あなたがチームのマネジメントを担っているとする。たとえば、チームの成果を最大化するためには効率を重視し、一人ひとりの作業を標準化して進めることが求められる。一方で、メンバーのモチベーションを高めるためには、個々のやり方や裁量を尊重しなければならない。この両立は常に難しい。
この考え方は、まるで振り子のようである。
短期利益と長期利益、分化と統一の葛藤についても同じである。大切なのは「今どちらに偏っているか」を見極め、対局にあるものを意識的に優先していく姿勢だ。振り子が自然に反対側へと動くように、組織もまた揺らぎを持つことで健全さを保つ。言い換えれば、不均衡こそが組織を前に進める原動力となるのである。
不均衡を恐れる必要はない。むしろ、不均衡を受け入れ、振り子の揺れを繰り返しながら前進していくことが、組織における持続的な成長につながる。均衡にとどまることは停滞を意味し、揺らぎのない安定はむしろ危うい。大事なのは、振り子の揺れをマネジメントし、組織にとって望ましい方向へ導く視座である。
働き方に活かす、不均衡の視点
不均衡を利用するやり方は、組織のみならず個人にも応用できる。
例えば、ワークライフバランスについて。
年収400万円、月残業時間30時間――これを現状としよう。
あなたがもし「年収をもう少し上げつつ、残業時間は抑えたい」と感じている場合、やはり不均衡を利用していく。イメージとしては次のとおりだ。
年収450万円、月残業時間20時間。
これを叶えるために不均衡を利用する。具体的には「先にどちらかを希望に近づけ、その後にもう一方も理想に近づけていく」というアプローチをとる。
例えば、残業時間を抑える→年収を上げる、という順序を選ぶ場合。まずは現状の仕事を今より効率的にこなすことに注力する。その過程で残業代が減り、年収はいったん下降するかもしれない。しかし成果を認められれば昇進につながり、結果的に年収も理想に近づいていく。
逆に、年収を先に上げる場合は、一時的に残業時間が増加することも十分にあり得る。ただし、経験を積み業務の効率が上がれば、やがて残業時間を抑えられるようになり、理想のワークライフバランスを手にできる。
このように「今はライフを優先する」「次はワークを伸ばす」といったように振り子的に考えれば、現状の「年収400万円・月残業30時間」に満足していても、さらに大きなメリットを得られる可能性がある。反対に、心地よいからと現状に甘んじていては成長は見込めない。もし周囲が成長を続けるなら、相対的に自分だけが取り残される危険さえある。だからこそ、不均衡を避けるのではなく、意識的に受け入れ活用することが重要なのである。
不均衡は不快であり、時にストレスを伴う。しかしその揺らぎこそが、新しいスキルを磨き、望む働き方を手にする契機となる。均衡を保つことは安心を与えるが、未来を拓くのは常に不均衡である。振り子の揺れを恐れず、自らの成長にとって必要な「不均衡」を選び取る視座が、個人の働き方をより豊かにしていくのだ。
不均衡を恐れず、未来を描く
ここまで見てきたように、組織においても個人においても、「均衡=安定」は必ずしも望ましい状態ではない。むしろ、不均衡の揺らぎを受け入れ、意識的に活用することこそが、成長と前進をもたらす。
組織では、効率と能率、短期と長期、分化と統一といった対立軸の間で、常に振り子のような揺れが生じる。個人においても、ワークとライフ、安定と挑戦といった間で、同じように揺れ続ける。
重要なのは、その揺らぎを「不安定さ」として恐れるのではなく、「成長の契機」として捉えることだ。均衡に留まる安心感よりも、不均衡に踏み出す勇気が、組織を、そしてあなた自身を未来へと導くのである。
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