かなり仲の良い幼馴染から進められた漫画やアニメであっても、それ手に取ることはほぼゼロに近い。また、自分が好きなものを他人に勧めらることもほとんどない。前者はおそらく自分の保守的、あるいは、腰の重い特性によるものであり、後者は上述のような外的要因を受けても、自分の枠を超えて色々と体験ことを躊躇う腰の重さにより、今まで生きてきた中で勧められるほど強く惹かれているものがほとんど存在しないことが原因である。
そのため、熱狂的に何かに没頭し、それを高い熱量のまま布教することの魅力があまりわからない。厳密には、「魅力が感じられない」ということではなく「ほぼ無経験に近しいため、その有り難みがわからない」ということに近しい感覚である。ただ、自己啓発的な感覚から
・伝える力を養いたい
と考えていたことや、
・熱量高く布教をしている人は楽しそうであることはなんとなくわかるものの、自分の人生や趣味を布教するのはなぜ大切なのかを知りたい
と思い、手に取ったのが本書である。
【「好き」を言語化する技術 推しの素晴らしさを語りたいのに「やばい!」しかでてこない】(三宅香帆・著)
まず、伝える力を養うためのコツ、つまり、
自分の「好き」を客観的に共感してもらうためには、どんな工夫が必要か?
に対する回答であるが、これは
ー 好きの理由を共感・驚きに分けて細分化し、自分の感情・言葉で語ること ー
となる。
好きなものに対するポジティブな感情というものは「共感」か「驚き」に分類できるのだという。自分の体験や他の好きなものと共通しているからこそ、その対象に対しても「共感」を抱き、好きなものに対して何か新しさや新鮮さを感じているのであれが、それが「驚き」なのだそうだ。故に、推しの魅力を伝える際は、自分の体験や他の好きなものとの共通点を探ったり、新しいと感じた部分を説明することが効果的とのこと。“自らの他の体験・好きなものとの共通点は何か”、“どこを新しいと感じたのか”と深堀りをしていくことで、よりオリジナリティのある、刺さる伝え方ができる。
また、推しの魅力を語る際は、感情をメモ書きなどでアウトプットする前の段階では、他人の感想は触れない方が良いのだそうだ。特にSNSで多くの「いいね」をもらっているような感想は、普遍的でわかりやすいものであるが故に、その内容が万人にとっての正解の解釈だと思い込んでしまう危険性を帯びている。しかしながら、好きなものの魅力を語る目的は、その対象をより多くの人にある程度わかりやすく(≒ある程度普遍性を帯びて)伝えることではないため、自らの言葉、解釈、感情を大切にする方が良いそうだ。
では、好きなものを語る目的は何なのか。これは「自分の人生を愛すること」なのだそうだ。
本書において著者は、“言葉”を「自分の好きな感情、好きな景色、好きな存在がいつかなくなってしまうとしても、いつでも取り出して愛でることができるように、保存するためのもの」と定義している。
“伝えるを養いたい…”といった自己啓発的な目標で手に取った書籍であるものの、この定義には純粋に素敵だな、と感じてしまった。人生を楽しむための秘訣というかヒントというか、そういったものが詰まっているように感じた。
推しに対してなぜ「共感」や「驚き」を感じているのかを説明する際は、自分の言葉、解釈、感情を大切にする方が良いの述べたが、これは他者に対する伝わりやすさだけでなく、自分が自分の感じた「好き」という感情を信頼させることに繋がるのだという。もし何らかのきっかけにより自分が推しから離れてしまったとしても、自分の言葉を通じて振り返り「好きだったな」と感じられることは、人生においてものすごく価値のあることである。
本書のタイトルからは、「伝える力を養いたい」といった願望が叶えられそうな書籍であると考えていたものの、結果としては「熱量高く布教をしている人は楽しそうであることはなんとなくわかるものの、自分の人生や趣味を布教するのはなぜ大切なのかを知りたい」に対するベストアンサーが得られた。推しを語ることの魅力を理解していない自分にとって、この視点を得られたことはものすごく大きい。
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