「ここだけはおさえて」ポイント
- どんな人におすすめ?
なんとなく生きづらさを感じている人/「自己肯定感」「成長」「自立」「ガチャ」「自己責任」といったワードピンと来る人/他人と比べて劣等感を感じている人 - ポイント①
現代社会では、多くの人が無意識のうちに既存の価値観や基準に沿って生きていることに気づかず、その結果、窮屈さや「自分らしさの喪失」を感じている。 - ポイント②
「当たり前」だと思っている社会の価値観に対し、正しく見直すこと。現代社会で押し付けられる役割や目標を、無理に受け入れるのではなく、再考し自分自身を見つめ直すことが大切。 - 読みやすさ:★★★☆☆
今の社会に対する問題提起をするような本となっているため、ジャンルとして少しお硬めな印象を受ける人もいるのではないかと思う。一方、この1冊によって気づきを得たり、少し気持ちが楽になったりする人は確実に存在すると感じる。あまり悩んでいない人にとっても、普段じっくり考えることのない社会に対する問いかけに触れることができる1冊のためおすすめ。
ガチャ社会と「挽回できなさ」が生む生きづらさ
現代社会には、「なんとなく窮屈だ」と感じる場面が多いのではないだろうか。そんな感覚を象徴するように、「親ガチャ」や「就職ガチャ」という言葉が当たり前に使われている。これらは、不確定要素ながら人生に大きな影響を及ぼすものを指す表現だ。
親は選べない。そして就職先も、どれほど魅力的に見えようとも、実際の環境がどうなのかは入社するまでわからない。不確実性の問題は今に始まったことではなく、ずっと存在していた。しかし、昨今はその不確実性自体が忌避され、問題視されるようになってきたのではないだろうか。
なぜ、現代は不確実性への耐性が低くなっているのか。今回は、そんな疑問を明らかにしてくれる1冊をご紹介。
【格差の”格”ってなんですか? 無自覚な能力主義と特権性】(勅使河原真衣・著)
勅使河原真衣
1982年、神奈川県横浜市生まれ。組織開発コンサルタント、著作家。慶應義塾大学環境情報学部を卒業後、東京大学大学院教育学研究科修士課程を修了。外資系コンサルティングファームでキャリアを積み、2017年に組織開発を専門とする「おのみず株式会社」を設立。
2020年に38歳でステージ3の乳がんと診断。この経験をきっかけに「能力主義」や「生きづらさ」と向き合い、深い考察を重ねる。その成果として初の著書『「能力」の生きづらさをほぐす』を出版。「能力」や「社会的成功」といった価値観に囚われがちな現代人に新しい視点を提供するとして注目を集めた。その後も『働くということ 「能力主義」を超えて』などの著作を発表し、現代社会に警鐘を鳴らすとともに、人間の多様な可能性に目を向けるべきだと主張している。
「挽回できなさ」の本質とは
ガチャの1つ、配属ガチャに対する著者の見解はこうである。
本当のしんどさは、不確実性そのものではなく、配置に「アタリ」「ハズレ」があっても、よりよく働けるチャンスを個人側からはなかなかに創出できない点ではないか?
勅使川原は「配属ガチャ」といった言葉に焦点を当て、本当の問題は「不確実性」そのものではなく、「挽回のチャンスを得られにくい仕組みにある」と指摘する。配属先で当たり外れがあっても、自分自身で良い環境を作れる道がないことが、息苦しさを生むのではないだろうか。
この考えに、「まさにそれを感じていた!」と共感する読者も多いだろう。本来、不確実であること自体は、「今が良くなくてもチャンスはある」と感じる余地を残す。しかし、現代社会ではそのチャンスが現実にはなかなか訪れず、「挽回が難しい」と思い込んでしまいやすいのだ。
自己肯定感への疑問
本書で触れられているもう一つのテーマが、現代社会における「自己肯定感」の育み方だ。一般的には、目標に向けて頑張ることで自己肯定感が高まると考えられる。たとえば、
- 生徒同士で励まし合う
- 「自分にもできることがある」と感じさせる
- 夢のために努力を重ねる
これらの取り組み自体はポジティブに見えるが、著者はその裏側に「頑張ること」「できること」を強要する風潮を問題視する。能力によって人間の価値が測られる現状に疑問を呈し、誰もがあるがままで認められる社会の必要性を説いている。承認がなされたり、されなかったりすることを正当化することに異を唱えているのである。
「自立」と「成長」って、本当に正しいの?
現代社会では「自立」や「成長」という言葉が美徳として語られる。けれど、その「正しさ」には立ち止まって考えるべき部分があるのではないだろうか。
まず、「自立」が求められる今の社会。それは、「他人と同じように、ひとりで何かをやり遂げること」が前提になっている。たとえば、苦手なピアニカをひとりで演奏すること、給食の牛乳を残さず飲み切ること、そしてサラリーマンとして働き続けること。これらが社会にとっての「正しい自立」とされている。
しかしながら、得意不得意は人それぞれだ。勉強がどうしても苦手な人もいれば、9時-5時の働き方がどうしても性に合わない人だって存在する。だが、今の社会は「勉強が苦手な人をサポートしつつ、他の能力を発揮させる世の中」でもないし「サラリーマン的な働き方が合わない人が、価値を発揮しやすい会社が当たり前となっている世の中」にもなっていない。むしろ、そういった人たちに肩身の狭い思いをさせることが普通になっている。世間では「助け合いが大切」とよく言われるが、その現実はどうだろうか。
次に「成長」について。効率や成果が重視される今の時代、「成長」とはタイパ(時間対効果)やコスパ(費用対効果)を追求し、目に見える結果を残すことを指すのが一般的だ。少なくとも”思いめぐらす時間”に対し肯定的な捉え方をしている訳ではない。
しかし、変化する状況に身を委ねたり、少しだけ抵抗してみたり、現状に立ち向かったりすることも「成長」といえるのではないだろうか。果たして「成長」とは、目に見える成果やプラスが生み出されることだけに限られるのだろうか。現代社会では、“優秀”であり“強い個”であることが求められ、以前よりレベルアップしたことが第三者から可視化されることのみが「成長」と見なされがちだ。自分もその考えにとらわれていたことに気付かされた。
今どきの副業本では「サラリーマンで失敗したが、フリーランスで成功した」といった話をよく目にする。それは、「サラリーマン的な働き方ができること」が“自立”とされ、その中で成果を上げられなかったことが“自己肯定感の欠如”や“環境に適応できなかった未熟さ”として捉えられるからだろう。こうした本の著者も、多かれ少なかれ、生きづらさを感じていたのではないかと思う。
しかし、この価値観が“当たり前”となっている世の中に対して疑問を持つことは、とても重要なのではないだろうか。「何もかも頑張らなくて良い」ということではない。ただ、「サラリーマン的な働き方ができないこと」を“悪いこと”と認識してしまうのは、果たして正しいのだろうか。その問いかけを通じて、私も思わずハッとさせられた。
まとめ – 生きづらさの背景に問いを投げかける勇気を –
本書は、「自立」や「成長」が求められる現代社会の中で、私たちが直面する生きづらさの背景に光を当てている。
提供してくれるのは、すべての答えではなく、「今感じている生きづらさは、どこから来ているのか?」という問いかけのヒントだ。一読することで、自分の状況や考えを見つめ直すきっかけになるだろう。そして、それを受け入れるだけではなく、新しい選択肢を模索する勇気が得られる。
本書に込められたメッセージをぜひ受け取ってほしい。その先に、「今の自分でもいい」と感じられる一歩があるかもしれない。
コメント