はじめに — 読む前に押さえておきたいこと
あなたはこんな悩みを抱えていないだろうか?
- 判断に迷い、どちらが正しいのかわからなくなることがある
- 数字やデータがあっても、自分の価値観と合わず決断に踏み切れない
- 不確実な状況で、どう行動すればよいか悩んでしまう
こうした悩みは、日常や仕事の中で多くの人が感じるものだ。現代社会では情報が多様で価値観もさまざまなため、判断の難しさはより増している。
本書が示すこと(著者の主張)
確率や客観的なデータは意思決定の重要な材料だが、それだけでは決断は完結しない。人それぞれの価値観がリスクの受け止め方や選択に大きく影響を与える。
また、完全な正解がない不確実な状況においては、確信の度合いに応じて情報の重みを変え、柔軟に判断を更新していく思考法が重要である。
このように、理論と感覚、情報と価値観をバランスよく扱うことこそが、優れた意思決定を支える。
本書を読んで感じたこと(私見)
アメリカ最高峰大学の講義内容ということで難しいのかと思ったが、エリートたちも我々と同じように迷い悩み、よりよい決断を模索している姿が伝わってきた。確率やリスクの話にとどまらず、「価値観の違いが判断に与える影響」や「不確実性に適応する考え方」など、私たちの身近な問題に深く関わるテーマを、わかりやすく示している。
数字や理論だけに頼らず、自分の価値観をしっかり踏まえた意思決定を心がける重要性を改めて実感した。
降水確率○%で、あなたは傘を持ち歩く?
天気予報によると、今は曇っているものの、午後の降水確率は100%である。
こんな状況の時、あなたは傘を持ち歩くだろうか。
当然のことながら、ほとんどの人がYesだろう。お気に入りの洋服を濡らしたくない、風邪をひきたくない、不快なベタつきを避けたいなど、理由は様々だが、よほどのことがない限りは傘を持ち歩くはずだ。
では、50%の場合はどうだろうか。約半数の人が傘を「持ち歩き」、残りの半数の人が「持ち歩かない」のだろうか?この状況は、前者が「雨が降る」と予測しており、後者が「降らない」と予測している──そう単純に言い切ってよいのだろうか。
人は何かを判断する際、客観的な数値を拠り所にしようとする。しかし興味深いのは、その数値がまったく同じでも、人によって判断はバラバラになるという点だ。
この違いはいったい、どこから生まれるのか?
今回紹介するのは、そんな「判断」の本質に切り込む一冊である。
【THIRD MILLENNIUM THINKING アメリカ最高峰大学の人気講義 1000年古びない思考が身につく】(ソール・パールマッター/ジョン・キャンベル/ロバート・マクーン 著 , 花塚恵 訳)
ソール・パールマッター
アメリカの物理学者。カリフォルニア大学バークレー校教授、ローレンス・バークレー国立研究所上級科学者。宇宙の加速膨張を示す観測結果により、2011年にノーベル物理学賞を受賞。宇宙論と科学的思考に関する教育・発信にも力を入れている。
ジョン・キャンベル
哲学者。カリフォルニア大学バークレー校哲学科教授。心の哲学、認知と知覚に関する研究を専門とし、科学と哲学の対話を重視する立場から、さまざまな学際的プロジェクトに関与している。
ロバート・マクーン
法学者・心理学者。スタンフォード大学法科大学院教授。社会政策、意思決定、偏見や合理性の研究において多くの実績を持ち、法学・心理学・倫理学の接点で学術的・実務的に貢献している。
花塚恵
翻訳者。ビジネス、哲学、教育、科学など幅広い分野で良質な英語書籍の邦訳を手がけている。近年の訳書に、シンプルで心を動かすプレゼン技法を紹介した『THE POP-UP PITCH 最もシンプルな心をつかむプレゼン』(リチャード・テンプラー著)、現代に活きるストイックな思考法を説いた『STOIC 人生の教科書ストイシズム』(ブリタニー・ポラット著)、ブランド戦略の本質に迫る『スターバックスはなぜ値下げもテレビCMもしないのに強いブランドでいられるのか?』(ジョン・ムーア著)などがある。専門的な知見と平易な表現のバランスに優れ、多様な読者に知的刺激を届けている。
確率は客観的、価値観は主観的
突然気を失い、病院に運ばれたあなたが意識を取り戻した状況を想像してほしい。医師から、心臓に問題が見つかり、原因は2つのシナリオに絞られたと告げられる。
シナリオAの場合、身体に大きな負担を伴う手術が必要となり、手術をしなければ命は数時間しか持たない。手術には命を落とすリスクもあるが、手術をしなければ助からない。
一方、シナリオBの場合は投薬のみで済み、薬で数日間安定した状態を保ちつつ経過観察を行う。ただし、もし実際はシナリオAであった場合、死を免れない。
確率は50%ずつとされる。この状況で、あなたはどのように判断するだろうか。
ここで重要なのは、同じ50%という客観的な数字が示されていても、人によって選択が異なることだ。ある人は「命を救う可能性を優先してリスクの高い手術を選ぶ」かもしれないし、別の人は「手術による身体的負担や合併症のリスクを避け、薬による治療を望む」かもしれない。
この違いは、どちらのリスクをより重要視するか、つまり「価値観」によるものだ。確率というのは客観的な判断材料の一つに過ぎず、その数字だけで選択が決まるわけではない。生きることへの執着の強さや、運命を受け入れるか切り拓くかといった性格・考え方によって、判断は変わってくる。
医師はリスクの大きさや確率を伝えることはできても、そのリスクをどの程度重要視すべきかまでは示せない。この評価はあくまで本人の価値観に委ねられるものである。
このことから、意思決定において重要なのは次の3点だと著者は示している。
- 信頼できる専門家が発する正確な情報
- 価値観をじっくり検討すること
- 実際に影響を受ける人が決定権を持つこと
まず「信頼できる専門家が発する情報」は、判断の土台となる。天気予報で降水確率が示されなければ、傘を持つか否かの判断もできないのと同じだ。
その上で「価値観の入念な検討」を行う。たとえば降水確率50%なら、絶対に濡れたくない人は傘を持つだろうし、多少濡れても構わない人は持たないかもしれない。濡れることよりも、荷物を減らしたいかどうかという価値観も影響する。重要なのは、どのリスクをどの程度重視するかを自覚し、吟味することだ。
最後に「決定権を持つ人」の問題がある。命に関わる重大な判断は、本人が決めるべきである。たとえ確率が不利に見えても、自分の価値観に基づく判断でなければ、良い決断とは言えない。
また、本人が判断できない状況であれば、その影響を受ける家族など関係者が決定権を持つこともある。
つまり、意思決定は「確率という客観的情報」と「価値観という主観的要素」、そして「決定権の所在」によって成り立っている。この点を踏まえることが、次章以降のリスクの許容度や意思決定の構造を理解するための基礎となる。
偽陽のリスクと偽陰のリスク
今度は、価値観の違いが意思決定にどう影響するのかを具体的に考えていく。つまり、どのリスクを重視し、どのリスクを許容するかという判断のバランスについてだ。
たとえば、あなたがある大学の運営者だとしよう。あなたのミッションは、「優秀な成績を収める学生だけを合格させること」。ここで言う「優秀」とは、入試の成績が良いだけでなく、入学後も学業に励み、進級できる学生を指している。
この状況で避けるべきリスクは2つある。
ひとつは、「進級できない学生を入学させてしまうリスク」。つまり、本当は学業が難しい学生を合格させてしまうことだ。
もうひとつは、「進級できる学生を不合格にしてしまうリスク」。本来合格すべき優秀な学生を落としてしまうことを意味する。
合格点を高く設定すれば、前者のリスクは低く抑えられる。成績と学業意欲には一定の相関があるためだ。しかし、その分、後者のリスクが高まり、本来合格すべき学生を取りこぼす可能性が増す。
逆に合格点を低くすれば、「進級できる学生を不合格にするリスク」は減るが、「進級できない学生を入学させるリスク」が高まる。
この二つのリスクはトレードオフの関係にあり、どちらかを抑えるともう片方が増えてしまう。ここで重要なのは、どちらのリスクをより許容でき、どちらをより避けたいかは、大学の運営方針やあなた自身の価値観によって異なるということだ。
この例における「進級できない学生を合格させてしまうこと」は、実際には「本当は勤勉でないのに勤勉だと判断してしまう」偽陽性と呼ばれる判断ミスにあたり、一方で「本当は勤勉なのにそう判断されず、不合格にしてしまうこと」は偽陰性に該当する。
大学運営においては、過去の進級実績や応募者数などのデータを活用してリスクの大きさを把握できる。これらは第3章で述べた「信頼できる専門家からの情報」に該当する。しかし、最終的にどのリスクを重視するかは、影響を受ける当事者であるあなたの判断に委ねられる。
多くの場合、同じ情報を見ても、偽陽性と偽陰性のどちらをどれだけ許容できるかは個人や組織によって異なる。だからこそ、目の前のデータや数字だけで「どちらが正しいか」を議論しても決着がつかない。議論を建設的に進めるには、「リスクは偽陽性と偽陰性の2つに分けられ、それぞれの許容度をすり合わせる」ことを前提にする必要がある。
この考え方を理解すれば、リスクに対する価値観の違いを尊重しつつ、互いに納得感のある意思決定が可能になるのだ。
良い決断をするために〜不確実性と向き合う思考法
これまでの章で、意思決定には「客観的な確率」と「主観的な価値観」の両方が深く関わっていることを示した。さらに、偽陽性・偽陰性というリスクのバランスを取る必要があることも見てきた。
しかし現実の社会では、そもそも「正解がはっきり存在する問題」ばかりではない。不確実な要素が大きい中で意思決定を迫られる場面がほとんどだ。
こうした状況において著者がすすめるのは、「絶対的に確信できる事柄にのみ行動を限定する」姿勢から、「確信の度合いに差はあっても、多様な不確実な事柄に対して柔軟に対応し、積極的に働きかけていく」姿勢への転換である。
ざっくりまとめると、次の2つを心がけることだ。
- 自分が持つ知識すべてを事実と断定せず、疑いを持つことを恐れない
- 新たな情報や事実が入るたびに、信頼度の重みづけを変え、決断内容を柔軟に更新していくこと
これを著者は「蓋然的思考」と呼んでいる。
特徴的なのは、不確実性を排除しようとするのではなく、むしろ「不確実性に適応していく」ことに重きを置いている点だ。ネガティブケイパビリティ(不確実な状況に耐える力)に通じる考え方である。
また、自分の判断が間違っているかもしれないと意識し続けることは、一見弱さや不安のように見えるかもしれない。しかしこれは決して意志の弱さではない。社会の変化の速さや価値観の多様性を踏まえれば、ごく自然な認識であり、それをもって議論や意思決定に臨むことこそが「実直」な態度なのである。
さらに、蓋然的思考は個人にとってもメリットがある。自分の主張が後に誤りだと分かって意見を変えても、自尊心を保ちやすいのだ。なぜなら、判断や議論をより良い方向へ進めるための自然なプロセスとして受け止められるからである。
多くの人が「自分の意見こそ正しい」と固執するのではなく、「より良いと感じた意見があればそれを採用する」という柔軟な姿勢を持てば、議論の場はよりオープンになり、最終的に出る結論もより優れたものになるはずだ。
正解のない世界で、どう決めるか
今回取り上げたテーマは、アメリカ最高峰の大学での講義をもとにした内容であり、知識や思考のレベルが高い人たちでも、私たちと同じように意思決定の難しさや不確実性とどう向き合うかに悩んでいることを感じさせるものだった。
客観的な確率が示されていても、人の選択はそれに必ずしも従うわけではない。価値観が異なれば、どのリスクを許容するかは人それぞれであり、単純な数字だけで決められる問題ではない。
また、リスクには「偽陽性」と「偽陰性」という双方の側面があり、一方を抑えるためにもう一方のリスクが高まるというジレンマが存在する。これらのバランスは、その意思決定に関わる人たちの価値観や背景によって大きく変わる。
さらに、不確実性の高い状況では、すべての事柄を確信をもって扱うことは難しいため、蓋然的思考――すなわち、情報の確信度を状況に応じて柔軟に調整しながら判断を更新していく姿勢が重要だとされる。不確実性を排除するのではなく、それに順応することで、より良い行動を導くことができる。
こうした視点を踏まえれば、意思決定においては、信頼できる情報をもとに自分や関係者の価値観をしっかり見極め、常に変化に対応しながら決断していくことが求められる。
この本の内容から、優秀な専門家たちでさえも迷い悩みながら決断していることを知ると、自分自身の不確実な状況での判断に対しても前向きに向き合えるのではないだろうか。
正しい答えを一つだけ求めるのではなく、多様な価値観と不確実性に柔軟に対応することで、より良い意思決定が可能になることを、今回の内容が教えてくれている。
これらの考え方が、あなたの意思決定や議論の助けになれば幸いだ。
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