「ここだけはおさえて」ポイント
どんな人にオススメの1冊?
🔹「自分で考える力」を子どもに持ってほしいと思っている人
- 自分の子どもが、わかった“つもり”で学びを止めてしまっているように感じる
- テストの点数よりも、納得して学ぶ姿勢を育てたい
- 一方的に教えるのではなく、子どもの思考を引き出す関わり方を知りたい
🔹家庭でも“学び”を育てたいと考えている保護者・教育関係者
- 子どもの学習に関わりたいが、どう声をかければいいかわからない
- 塾や学校に任せっぱなしでよいのかと不安を感じている
- 「教える」のではなく「問いかける」ことで、自分も子どもと一緒に成長したい
🔹「なぜ学力が伸びないのか」に違和感を抱いてきた人
- 教えているのに身につかない、生徒・子どもの反応にモヤモヤしている
- 暗記や詰め込みではない学び方を模索している
- 成績や偏差値では測れない“学力の本質”を知りたい
ポイント①:「勉強ができる」とは、知識を“文脈の中で使える”ことである
「テストの点が高い=勉強ができる」という図式に、私たちは無意識のうちに縛られている。しかし、「生きた知識」と「死んだ知識」を区別し、状況に応じて使える知識こそが本物の学力である。点を取るための知識ではなく、「何を問われているのか」を読み取れる力が、学びには不可欠である。
ポイント②:勉強が嫌いになるのは「記憶力選手権」にされるから
子どもたちが勉強を嫌いになる根本的な原因は、「学力テストの点数向上」に焦点を当て、「死んだ知識」をひたすら詰め込ませる教育の仕組みにある。記憶力を重視した勉強法では、学びの本質である「理解」や「使える知識」を育むことができず、ただ暗記を強いられることが子どもたちのモチベーションを低下させ、学びへの意欲を奪ってしまう。
ポイント③:間違いに気づき、修正させる教育が大切
教育において重要なのは、単に「正しいこと」を教えることではなく、「間違いに気づかせ、修正する」プロセスを通じて学びを深めさせること。生徒が誤った認識を持った際に、教師が問いかけを通じてその誤りに気づかせ、自ら理解を深めさせることが、より生きた知識を育てる。スキーマの更新を促すことこそが、自走する学びを引き起こし、学習者を次のステップへと導く。
オススメ度:★★★★★
なぜ子どもたちは高いモチベーションを持って学習に取り組めないのか? この疑問に対し、解決へのヒントを提供してくれる一冊。勉強に苦手意識を持っていた人にとっては「自分の経験にぴったりだ」と感じる内容が多く、そうでない人にも「なるほど」と思わせる具体的な示唆が多数。特に、子どもを育てている世代には、教育現場で実践できるヒントが得られる実用的な要素も含まれている。
「勉強ができる」とはどういうことか?
「できる」「できない」の線引きは、どこにある?
学生時代、勉強は得意でしたか?
これは単純な Yes / No の問いである。「苦手だった」と答える人もいれば、「そんなに苦手ではなかった」「割と得意だった」といった曖昧な表現を使う人もいるだろう。
そもそも「勉強が得意かどうか」とは何を基準に判断しているのだろうか。気づかぬうちに、ある共通の物差しを使っていないだろうか。
学生時代、テストの点数は良い方でしたか?
この答えによって、自分の「勉強が得意かどうか」の感覚を決めている人は多いはずだ。
だが、「点数が高いこと」と「勉強ができること」は、本当に同じ意味なのだろうか?今回は、そんな問いに対して、ある一冊を手がかりに考えていく。
【学力喪失──認知科学による回復への道筋】(今井むつみ・著)
今井むつみ
慶應義塾大学環境情報学部教授であり、認知科学、言語心理学、発達心理学を専門とする研究者である。慶應義塾大学文学部西洋史学科を卒業後、教育心理学に関心を持ち、同大学大学院社会学研究科に進学。1989年に博士課程を単位取得退学し、1994年には米国ノースウェスタン大学心理学部にてPh.D.(心理学博士)を取得した。
研究活動では、語彙や語意の心的表象とその習得・学習メカニズムに焦点を当て、母語および外国語の習得に関心を寄せている。また、学力不振に苦しむ子どもたちの支援として、「たつじんテスト」や学習補助教材の開発にも取り組んでいる。
主な著書には、『ことばと思考』(岩波新書)、『ことばの発達の謎を解く』(ちくまプリマー新書)、『言葉をおぼえるしくみ――母語から外国語まで』(共著、ちくま学芸文庫)、『学びとは何か――〈探究人〉になるために』(岩波新書)、『親子で育てることば力と思考力』(筑摩書房)、『英語独習法』(岩波新書)などがある。
なぜ「点数=学力」となってしまうのか?
全国学力テストの点数が低迷している。そうした報告に、教育委員会や学校現場は頭を抱えている。
そこで注目されるのが「点数を上げる」ための指導方法だ。過去問を何度も解かせるなど、具体的な点の取り方に焦点を当てる取り組みが多く見られる。
この背景には、「学力は見えにくいものだ」という前提がある。だからこそ、可視化可能な指標としてテストの点数が重宝されてきた。
つまり、「勉強ができる = テストの点数が高い」という図式が成り立っているのである。
では、この前提は本当に正しいのだろうか。
「死んだ知識」と「生きた知識」のちがい
次の2問を見てほしい。
①ジュースを3/7L飲んだら、残りは2/7Lになった。もとのジュースの量は何Lか?
②○/7 – 3/7 = 2/7
必要な計算はまったく同じにもかかわらず、①は正解できるのに、②は正解できない生徒が多い。
著者曰く、これは「死んだ知識を記憶していること」が原因なのだという。
生きた知識とは、「さまざまな状況に応じて取り出せて、問題解決に使える知識」である。対して、死んだ知識とは「断片的な情報の記憶」にすぎない。英単語を100個覚えても、それを使って英作文が書けないのは、それが死んだ知識だからだ。
Q. 以下の文における【subordinate】の意味は?
In order to achieve team success, individual players must subordinate their personal goals to the team’s objectives.【思考の過程】
- sub → subway(地下鉄)や submarine(潜水艦)の例から「下」
- ordinate → order(順序)、-ate は動詞の語尾で「並べさせる」
- つまり、個人の目標をチームの目標の「下に並べる」ことが subordinate
→ A. 従属させる、下に置く
このように、文脈や語構成から意味を推測する力こそが「生きた知識」の働きである。単語帳の暗記だけでは、こうした読み取りは難しい。
なぜ、生きた知識は育ちにくいのか?
【○/7 – 3/7 = 2/7】という式が解けないのも、同じ理由による。数字だけをなぞっても、その背後にある意味までは浮かび上がってこない。
一方で、【ジュースを3/7L飲んだら、残りは2/7Lになった。もとのジュースの量は何Lか?】という形式で問われれば、答えを導ける子どもは多い。この違いはどこから生まれるのだろうか。
それは、「飲んだ量」と「残った量」を聞かれたら、それらを足せば「もとの量」が出る──という解法を、暗記しているからである。実際には3/7や2/7が何を意味するかを理解していなくても、通分の知識がなくても、暗記したパターンで正解できてしまうのだ。
しかし、それを【○/7 – 3/7 = 2/7】という抽象的な式に変えると、とたんに正答率が下がる。なぜなら、そこに隠された問い──「ある数から3/7を引いたら2/7になった。その“ある数”はいくつか?」という意味を、問題文から読み取る力が育っていないからである。
逆転の発想をすると、生きた知識でなくても、暗記していれば解けるのである。そして、日本の教育はこの「死んだ知識を教え込む」方法に最適化されてきた。点数を取らせるには、この方法がもっとも効率的だからである。
子どもたちが勉強を嫌いになる理由
カリキュラムに従い、子どもたちは可能な限り多くの「死んだ知識」を頭の中に詰め込むことで、学力テストの点数向上を図ろうとする。
著者によれば、これは“記憶力選手権”のようなものだという。たとえば歴史の学習では、非常に短い時間の中で長い年表を覚えさせられる。しかも、既存の知識を応用する余地はほとんどなく、年号と出来事の組み合わせを丸暗記するしかない。ここで測られているのは、学力ではなく記憶力にすぎない。
しかし、これでは生きた知識──つまり「わかること」にはつながらない。誤った解答を記憶したとしても、それは死んだ知識のままである。数学のように正しい解法を教えた場合でも、子どもたちはその解法そのものを「暗記」しようとする。これでは、学びのループから抜け出せない。
人が覚えられる量には限界がある。これは記憶力の側面からも、モチベーションの側面からも同様だ。たとえば、ポケモンの名前はスラスラと言えるのに、年号や英単語は同じようには覚えられない。
興味のないことを無理やり覚えさせられる。しかも、間違えれば、再びそれを覚え直すように強いられる。
これこそが、子どもたちが勉強を嫌いになる大きな原因なのである。
特に難しい問題では、その傾向が顕著だ。なぜ解けないのかも分からないまま、できないことをひたすら繰り返させられる。正しい解き方を教えて覚えさせるだけでは、本当の意味での学力は育たないのだ。
「正しいことを教える」のではなく、「間違いに気づき、修正させる教育」
生徒:空気って重さを感じないから、0gだよね。
この誤解を解こうとする。あなたが先生なら、どう声をかけるだろうか。
先生:実は空気にも重さがあるんだよ。だから空気圧っていう力もあるんだ。タイヤとかで聞いたことあるでしょ?
たとえば、こんなふうに返すかもしれない。そして、生徒はこう解釈する。
生徒:そっか。タイヤの空気には重さがあって、だから車が走るんだ!
この場合、生徒は「タイヤの空気には重さがある」という情報を記憶したにすぎない。教師が本当に伝えたかった「空気には重さがある」という知識を、生きた知識として獲得したわけではない。
では、次のように問いかけてみたらどうだろうか?
先生:じゃあ、大きな風船にいっぱい空気を入れたら、軽いまま?
おそらく、生徒はこう反応する。
生徒:重くなるかも。
そこから、会話は続いていく。
先生:どうして?
生徒:たくさん空気が入ると、重くなる感じがするから。
先生:0gがいっぱいあったら、重くなる?
生徒:ならない。
先生:じゃあ、どうして風船は重くなるの?
生徒:そっか。いっぱいじゃなくても、空気には重さがあるんだ!
このように問いかけることで、生徒は「空気には重さがある」という事実を、自らの経験や思考を通して理解することができる。「0がいくつあっても0」という既存の知識を使いながら考えているため、より忘れにくく、本質的な学びになっているのだ。
ここで行われているのは、「間違いに気づき、自ら修正する」プロセスである。風船の中の空気を想像させることで、生徒自身が「空気は0gである」という考えの矛盾に気づき、そこから正しい知識へと到達している。
人間は、日々の経験の積み重ねを通して、「限られた情報をもとに、物事を理解するための枠組み」を形成する。この枠組みを「スキーマ」と呼ぶ。
生徒は、普段の生活の中で空気の重さを感じないという経験から、「空気=0g」というスキーマを持っていた。しかし、先生の問いかけによって、このスキーマが修正された。最初から正解を教えるだけでは、そのスキーマ自体が更新されることはない。単なる知識のインプットではなく、誤りに気づき、スキーマを修正していくプロセスこそが、自走する学びの起点になるのだ。
そしてこのような経験の積み重ねにより、子どもたちは自分のスキーマの正しさを問い直す姿勢を身につけていく。生きた知識の獲得には、誤りと修正のプロセスが欠かせない。正しい答えを覚えるのではなく、間違いを経てスキーマを更新していくこと。これこそが、子どもたちをつまずかせない教育なのである。
まとめ – 「自分で学べる子」を育てるには
学力を高めたいと願うとき、つい「もっと多くの知識を覚えさせなければ」と思いがちだ。しかしこの発想こそが、成績が伸び悩み、学びに苦手意識を持つ原因になっている。
確かに、正しい答えを教えるだけなら簡単だ。それは「死んだ知識」として、テスト対策には一時的に役立つかもしれない。しかし、生きた知識を育てるには時間がかかる。子どもが自らの誤りに気づき、それを修正できるよう問いかけていく──その根気ある関わりが必要なのだ。
子どもが持つスキーマは一人ひとり異なる。そしてその多くは、日々の経験の中で無自覚に形づくられている。だからこそ、「正しい問いかけ」は、学びの現場に限らず、家庭の中でも十分に機能する。スキーマの修正は、「勉強は学校でするもの」という思い込みを解きほぐし、「学びはどこにでもある」と気づかせる力を持っている。
本書は、そうした「学びの本質」に迫る一冊である。点数を上げるための即効薬ではない。だが、自ら学び、自分の考えを更新できる力、一生ものの学力を育てたいと思うなら、きっとヒントが見つかるだろう。
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