努力が続かない人ほど、最初に変えるべきもの

人生設計・目標設定
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はじめに — 読む前に押さえておきたいこと

あなたはこんな悩みを抱えていないだろうか?

年が変わるタイミングや、節目の出来事をきっかけに、「今年こそは自分を変えたい」と思ったことはないだろうか。生活習慣を見直そうと決めたり、目標を立てたり、何か新しいことを始めようとした経験は、多くの人にあるはずだ。

そのときは確かにやる気もある。頭では「こうなりたい自分」がはっきりしている。それでも、しばらくすると元の生活に戻ってしまう。三日坊主というほど怠けているわけでもないのに、なぜか続かない。

「意思が弱いのだろうか」
「覚悟が足りないのだろうか」
「結局、自分は変われない人間なのだろうか」

そう考えながらも、どこをどう変えればよいのかは見えないまま、同じ場所を行き来している感覚だけが残る。

一方で、特別な努力をしているようには見えないのに、着実に変化していく人もいる。生活習慣を自然に切り替えたり、仕事の成果を積み上げたり、いつの間にか「次の段階」に進んでいる人たちだ。

この差は、いったいどこから生まれるのだろうか。

本書が示すこと(著者の主張)

本書が扱っているのは、「人はなぜ変われないのか」という問いである。

多くの自己啓発書が、行動量や意志の強さ、正しい目標設定を重視するのに対し、本書はそれらを一段引いたところから捉えている。著者が問題にしているのは、努力の方法ではなく、「人が無意識にどの状態を当たり前として生きているか」という前提そのものだ。

人は、自分にとって違和感のない状態――コンフォートゾーン――を基準に行動する。そこから外れる選択肢は、たとえ理屈の上で正しくても、無意識のうちに避けられてしまう。

重要なのは、ここで問題になっているのが能力や意欲ではないという点である。人は「できないから行動しない」のではない。「当たり前としてイメージできないこと」を選び続けることができないのだ。

本書は、こうした認知の仕組みを踏まえたうえで、「どうすればコンフォートゾーンそのものを更新できるのか」を論じていく。

本書を読んで感じたこと(私見)

本書を読んで強く印象に残ったのは、「変われなさ」を個人の問題として片づけていない点である。

私たちはつい、続かない行動や変わらない現実を、自分の甘さや努力不足のせいにしてしまう。
しかし本書は、「そもそも人はそういう仕組みでできている」というところから話を始める。

その視点に立つと、これまでの失敗や停滞の見え方が少し変わる。変われなかったのは、意思が弱かったからではなく、今の自分のほうが圧倒的にリアルだったからだ、と。

「どうすれば頑張れるか」を考える前に、「なぜ頑張れないのか」を構造から理解する。
その順序を取り戻すこと自体が、本書の大きな価値だと感じた。

なぜ、人は「変わりたい」と思っても変われないのか

1月も後半に差しかかった。今年の初詣で立てた誓いを、今も実践できているだろうか。

「何をお願いしたのか、もう覚えていない」

そう感じる人も少なくないはずだ。あるいは、願いの内容は覚えていても、日々の行動が特段変わっていない人も多いのではないだろうか。

今年は〇〇ができるようになりますように。理想の自分を強く思い描くこと自体は、決して悪いことではない。しかし現実には、そうした理想がそのまま現実になることはほとんどない。理想は、あくまで「今とは違う姿」だからだ。

もちろん、努力が必要なことは頭では理解している。だがここで一度、立ち止まって考えてみたい。その理想は、「叶わなければ困る理想」だろうか。

多くの場合、それは「叶ったら嬉しいが、叶わなくても何とかなる理想」である。宝くじが当たれば嬉しいが、当たらなくても生活は続いていく。それと似た位置づけの願いになってはいないだろうか。

一方で、「このままでは健康を害し、生活が成り立たなくなる」といった状況であれば、人は願うより先に行動を始める。痩せたいと願うのではなく、淡々と食事を見直し、運動をする。そこに迷いは少ない。

多くの人にとって、現状はそれほど悪くない。理想の自分になれなくても、生活は回ってしまう。極端に言えば、「変われなくても、なんとかなる」状態にある。

では、このような条件のもとで、人はどうすれば自分を変えることができるのだろうか。
なぜ「変わりたい」という思いは、行動に結びつかないまま終わってしまうのか。

本章では、その理由を「意志の弱さ」や「努力不足」といった説明に回収せず、別の角度から捉え直していく。その視点を与えてくれるのが、次に紹介する一冊である。

新版 コンフォートゾーンの作り方】(苫米地 英人 著)

苫米地 英人

認知科学者・計算言語学者として知られ、脳と意識、思考の仕組みを研究してきた人物である。カーネギーメロン大学で博士号(Ph.D.)を取得し、人工知能、言語処理、認知心理学といった分野を横断しながら研究を重ねてきた。
学術領域にとどまらず、脳科学や認知科学の知見をもとに、人間の思考や意思決定、行動変容のメカニズムを社会に向けて発信している点が特徴である。特に「人は無意識に設定された思考の枠組みによって行動を制限されている」という問題意識を軸に、思考の前提そのものを問い直すアプローチを提示してきた。
苫米地の語り口は理論的でありながら、日常の行動や生き方に直結する具体性を持つ。精神論や努力論に回収されがちなテーマを、認知の構造という視点から再定義し、「なぜ人は変われないのか」「どうすれば現実の選択が変わるのか」を一貫して問い続けている研究者である。

変化を拒む「当たり前」

本書のタイトルにもなっている「コンフォートゾーン」。一度は耳にしたことのある言葉だろう。

コンフォートゾーンとは、本人にとって心地よく、違和感なく振る舞える領域のことである。そこでは特別な努力をしなくても行動でき、結果もある程度予測できる。毎日の生活習慣や、慣れた仕事の進め方、いつもの考え方などは、すべてこの領域に含まれる。

この外側にあるのが、ストレスゾーンである。コンフォートゾーンの外にある行動や状態は、多少なりとも負荷を伴う。とはいえ、「現実的に不可能な領域」ではない。努力や工夫を重ねれば到達可能な範囲が、ストレスゾーンだ。

人が成長したと言えるのは、ストレスゾーンにあった行動や状態が、無理なくできるようになり、コンフォートゾーンに取り込まれたときである。では、どうすれば人はその状態に至れるのだろうか。

ここで重要になるのが、人間が「いつも通り」を無意識に再生産する存在だという点である。朝起きてから家を出るまでの流れ、歯を磨く動作、仕事の進め方。私たちは毎回意思決定をしているわけではなく、「いつもそうしているから」という理由で同じ行動を繰り返している。

これは行動だけの話ではない。私たちが何を見て、何を見落としているかも、同じ仕組みで決まっている。

例えば、毎日乗っている電車の外装の色や、座席の配色を即座に思い出せるだろうか。通い慣れた建物の外壁の色はどうだろうか。見ているはずなのに、意識に上らないものは驚くほど多い。

人は、「重要だと認識しているもの」だけを現実として知覚している。そして一度「これは知っている」「いつものものだ」と認識された情報は、脳内に保存された過去のイメージが使い回される。新たに注意を払うことはほとんどない。

この仕組みは、自分自身に対しても同じように働く。

過去にダイエットで何度も挫折した経験がある人は、「自分は食欲を我慢できない人間だ」というイメージを持ちやすい。このイメージは、その人にとって違和感のない「当たり前の自分」になる。

すると、「理想の体型の自分」はどう映るだろうか。それは今の自分にとってリアリティのない存在であり、努力しなければ近づけない、遠い別人のように感じられる

このとき、人は無意識に「今の自分」に引き戻されるリアルに想像できる当たり前の自分と、想像しづらい理想の自分。その二つを比べたとき、人は前者を選び続けてしまう

重要なのは、ここで問題になっているのが努力量ではないという点だ。毎日筋トレをする自分も、年収1,000万円を稼ぐ自分も、「できないから行動しない」のではない「そういう自分を当たり前の存在としてイメージできない」から、行動が続かないのである

人は、イメージできない現実を選択することができない。そして「今の自分」が最もリアルである限り、コンフォートゾーンは維持され続ける。

「当たり前」を書き換えるには

では、どうすれば人は自分を変えることができるのか。

ここまで見てきたように、人は「今の自分」を最もリアルな存在として感じている限り、そこから外れた行動を選び続けることができない。重要なのは、行動を増やすことでも、努力を積み重ねることでもない。「どの自分が当たり前なのか」という前提そのものにある

例えば、「年収1,000万円の自分」を目指すとしよう。このとき多くの人は、「今の自分」と「理想の自分」を並べて比較する。そして、よりリアリティを持って想像できる方を「いつもの自分」として採用する。結果として、今の延長線上にある行動を繰り返し、元の状態に戻っていく。

つまり、問題は目標の高さではない。「どの自分が現実として感じられているか」である

この前提を踏まえたとき、本書が強調するのが目標設定のあり方だ。著者は、「今の延長線上に理想の自分を設定してはいけない」と述べる。

例えば、年収500万円の人が、理想の自分を年収600万円と設定したとする。この場合、これまでと同じ働き方を続けていても、達成できる可能性は十分にある。しかしそれは、コンフォートゾーンの外に出ることを意味しない。結果として、行動も認知も大きくは変わらない。

一方で、年収1億円という目標は、今の延長線上には存在しない。現実的かどうかは別として、「今のままでは到達できない」ことだけは明確である。だからこそ人は、その状態を当たり前のものとして実現するために、これまでとは異なる思考や行動を生み出そうとする。

ただし、ここで一つ問題が生じる。今の自分よりもはるかに高い状態を、リアリティをもって想像することは簡単ではない。

このギャップを埋めるために用いられるのが、アファメーションである。アファメーションとは、自分自身に対して肯定的な言葉を投げかけることで、「当たり前の自分」の基準を意図的に再設定していく方法だ。

重要なのは、これは目標を現実的な水準に下げる行為ではないという点である。目標はあくまで今の延長線上にない場所に置く。そのうえで、「どの自分を当たり前として感じるか」というリアリティの置きどころを、少しずつ移していく。

本書では、アファメーションを行う際のルールとして、以下の点が挙げられている。

  1. 一人称で書く:主語を「私」にする
  2. 肯定的に表現する:「〇〇になりたくない」ではなく「〇〇になりたい」と書く
  3. 現在進行形で書く:「今まさに〇〇している」という形にする
  4. 達成している前提で書く:「私は〇〇をしている」という内容にする
  5. 比較を含めない:「〇〇と比べてより〇〇になる」といった表現は用いない
  6. 行動を言語化する:くつろいだ(=コンフォートな)状態で行っている行動を表す
  7. 感情を含める:ゴールを達成したときの感情を具体的にイメージする
  8. 具体性を高める:抽象的ではなく、状況が浮かぶ表現にする
  9. 全体の整合性を取る:家庭・仕事・健康などの内容が矛盾しないようにする
  10. リアリティを持たせる:達成した自分の姿が自然に思い浮かぶ内容にする
  11. 他者と共有しない:基本的に自分の内側だけで扱っても良い

これらの条件に共通しているのは、「理想の自分を努力目標として眺める」のではなく、「すでにそうである自分」として体感できるようにする点にある。比較や義務感を排し、くつろいだ状態で達成している行動や感情を言語化することで、理想の自分のリアリティを高めていく。

ここで注意すべきなのは、「〜せねばならない」という表現が避けられている点だ

人のモチベーションには、自発的な建設的動機と、恐怖や強制による動機がある後者の状態では、創造性やエネルギーは発揮されにくい。「選ばされている」「縛られている」という感覚は、理想の自分を現実のものとして感じる妨げになる。

自分を変えるとは、今の自分を否定することではない。また、努力を積み増すことでもない。

「どの自分を当たり前として生きているか」

その前提を静かに組み替えていくこと。それが、本書の示す変化のプロセスである。するための創造性やエネルギーに対する阻害要因になる。あくまでも建設的な、自発的になりたい自分でなければ、具体性を持った理想の自分とはなり得ないのだ。

「変わる」とは、別の自分になることではない

ここまで、「なぜ人は変われないのか」「それは努力の問題ではない」という視点から話を進めてきた。

人は、常に最もリアリティを感じられる「当たり前の自分」を基準に行動している。その前提が変わらない限り、どれほど正しい目標を掲げても、どれほど努力を誓っても、現実は元の場所に引き戻される。

変われない理由は、意思が弱いからでも、覚悟が足りないからでもない。「今の自分」が最も現実的で、「理想の自分」が現実味を持たないからである。

では、どうすれば変われるのか。本書が示している答えは明確だ。行動を変える前に、「どの自分を当たり前として生きているか」を書き換える必要がある。

重要なのは、今の自分を否定しないことだ。今の自分は、これまでの経験や選択の積み重ねによって自然に形成された結果である。そこに善悪はない。ただ、その延長線上に理想の自分が存在しないのであれば、前提を更新する必要があるというだけだ。

アファメーションや目標設定は、そのための有効な手段となる。本質は、「努力目標として理想の自分を眺める」のをやめ、「そうであることが自然な自分」として扱い始める点にある。

スポーツ選手が勝利を特別な出来事として捉えず、当たり前の結果として受け止めるように、変化とは意識的に頑張るものではなく、前提が変わった結果として静かに起こるものなのだ。

本書を通して示されているのは、「どうすれば成功できるか」という即効性のある方法論ではない。むしろ、「なぜ今まで変われなかったのか」「なぜ同じ選択を繰り返してしまうのか」という問いへの、構造的な説明である。

自分を変えたいと感じたとき、何かを足そうとする前に立ち止まって考えてみてほしい。変わるとは、無理に別人になることではない。「どの自分を現実として採用するか」を、選び直すことである

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