考えすぎてしまう人のための処世術

脳科学・心理学
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はじめに — 読む前に押さえておきたいこと

あなたはこんな悩みを抱えていないだろうか?

考えなくてもいいはずのことを、何度も頭の中で繰り返してしまう。

会話のあとに「あの一言は余計だったかもしれない」と振り返る。まだ起きていない出来事に対して、不安を先取りする。選択をしたあとに、別の可能性を思い浮かべてしまう。

どれも特別なことではない。むしろ、多くの人が日常的に経験していることだろう。

考えること自体は悪いことではない。むしろ私たちは、考える力によって問題を解決し、未来を準備してきた。

それでも、ときに思考は役に立つどころか、自分を追い込む方向に働いてしまう。

「気にしなければいい」と分かっているのに、なぜか手放せない。そんな感覚を抱えたことがあるなら、本書のテーマは決して遠いものではない。

本書が示すこと(著者の主張)

本書が扱うのは、「前向きに考えよう」という精神論ではない。

また、思考を止める方法を提示するものでもない。

焦点が当てられているのは、“考えなくてもよいこと”の見極めである。

私たちは無意識のうちに、事実と解釈を混同し、必要以上に自分を評価し、証明できない未来や過去について思いを巡らせる。

それは能力の問題というよりも、人間の思考の仕組みに由来するものだ。

だからこそ、本書は「考えないようにする」のではなく、「距離を取る」視点を提示する。

自動的に浮かぶ思考に気づくこと。空気ではなく姿勢を基準にすること。最善よりも納得を選ぶこと。「もしも」を責める材料にしないこと。

どれも劇的な変化を約束する方法ではない。ただ、思考との関係を少しずつ調整するための考え方である。

本書を読んで感じたこと(私見)

ネガティブ思考そのものを敵にしていない点が印象であった。

考えすぎる自分を否定するのではなく、その仕組みを理解したうえで扱い方を変えていく。その姿勢は穏やかで、現実的だと感じた。

「考えないほうがいい」と言われると、かえって考えてしまう。そうした経験は誰にでもあるだろう。本書はそこに無理な抑圧を加えない。

思考は自然に浮かぶ。ただし、それをどこまで採用するかは選べる。そう考えるだけでも、少し余白が生まれる。

答えを与えるというよりも、問いを整理するための視点を差し出している1冊となっている。

なぜ人は考えすぎてしまうのか

「あんなことを言わなければよかった」
「明日うまくいかなかったらどうしよう」
「嫌われていないだろうか」

私たちは、日常の中で思いのほか多くのことを考えている。しかもその多くは、考えてもはっきりした答えが出ない類いのものだ。

人は自分を評価する際、無意識のうちに他者と比べる傾向がある。テストの点数や仕事の成果も、絶対的な数字より「周囲と比べてどうか」で受け止めてしまうことが多い。

さらにやっかいなのは、その比較が事実ではなく推測に基づいている場合だ。

挨拶が返ってこなかった。それだけで「嫌われたのかもしれない」と考える。会話が一瞬止まっただけで「変なことを言ったかもしれない」と思う。

けれどそれは、起きた出来事そのものではなく、出来事に対する解釈である。

また、日本社会は文脈や空気を重んじる文化だと言われる。言葉にされないニュアンスを読み取ることが期待される場面も少なくない。

そうした環境の中で育てば、「正解の空気」を探す癖が身につくのも自然だろう。考えすぎてしまうのは、弱さというよりも、むしろ適応の結果なのかもしれない。

だからこそ、本書は「考えるな」とは言わない。どこまでが必要で、どこからが過剰なのか。その境界を見極める視点を提示していく1冊のご紹介である。

考えてはいけないことリスト】(堀田 秀吾 著)

堀田 秀吾

言語学者(法言語学・心理言語学) であり、現在 明治大学法学部教授 を務める研究者。1999年に シカゴ大学言語学部博士課程を修了(Ph.D. in Linguistics)し、言語学博士号を取得。その後、立命館大学法学部助教授、ヨーク大学ロースクールでの修士課程修了・博士課程単位取得退学を経て、2008年に明治大学法学部准教授、2010年に同教授に就任した。これまで 司法分野におけるコミュニケーション をテーマに、社会言語学・心理言語学・脳科学など多角的な学術分野の知見を融合した研究を国内外で展開している。研究活動に加えて、企業の顧問や芸能事務所の監修、テレビ・ワイドショーのレギュラーコメンテーターなどの実践活動も積極的に行っている。

また、堀田氏は数多くの一般向け書籍の著者でもあり、自己啓発・思考法・習慣論など幅広いテーマで執筆している。『科学的に元気になる方法集めました』や『最先端研究で導きだされた「考えすぎない」人の考え方』、『ハーバード、スタンフォード、オックスフォード…科学的に証明されたすごい習慣大百科』などのベストセラーを持つ。

「自動思考」というもの

人が無意識に浮かべてしまう否定的な思考は「自動思考」と呼ばれている。意識して選んだわけではなく、自然と湧き上がる思考だ。

上司に呼ばれただけで「何か悪いことをしただろうか」と感じる。返信が遅いだけで「嫌われたのでは」と考える。

こうした反応は珍しいものではない。

本書では、認知の歪みをいくつかの典型に整理している。

  • 選択的抽象化
    失敗した部分だけに目が向き、うまくいった点を見落とす。
  • 過度の一般化
    一度の失敗から「自分はいつもこうだ」と結論づける。
  • 二分法的思考
    成功か失敗か、白か黒かで判断してしまう。

こうした思考が積み重なると、過去を繰り返し振り返ったり、未来を過度に不安視したりしやすくなる。

ただし重要なのは、これらは「事実」ではなく「解釈」だということだ「本当にそうだろうか」と一度立ち止まるだけでも、感情の強さが少し和らぐことがある。完全に消すことは難しくても、距離を取ることはできるのである。

空気よりも姿勢

会話の場面では、「空気を読めていただろうか」と振り返ることがある。

けれど、相手と自分の頭の中が一致している保証はない。それぞれが思い描く「正解」は違っていて当然だ。そう考えると、空気を完璧に読むことはそもそも難しい

本書が示すのは、基準を少しずらしてみるという視点である。

空気が正しかったかどうかではなく、自分は誠実に振る舞えただろうか。相手の話をきちんと聞けただろうか。立場にかかわらず尊重できただろうか。

評価の軸を「相手の反応」から「自分の姿勢」に移すと、終わりのない反省ループを抜け出すことができる。

空気の正解を探し続けるよりも、姿勢を整えるほうが、現実的なのだ

選択と後悔について

何かを選ぶとき、選ばなかった選択肢が気になることは少なくない。「あちらのほうがよかったのではないか」そう感じるのは自然な反応だろう。

しかし、選ばなかった未来を実際に確かめることはできない。だからこそ、「これがベストだった」と証明することも難しい。選択肢が多いほど良い決断ができると考えがちだが、多いほど迷いも増える。

本書は、「最善」を求め続けることよりも、「納得できる選択」を重視する姿勢を提案している。

人は決断のあと、自分の選択を少しずつ正当化し、心のバランスを取る傾向がある。であれば、完璧な選択を探すよりも、選んだあとをどう生きるかのほうが重要だ。

「もしも」の扱い方

「あのとき違う行動をしていたら」

こうした反事実的思考は、多くの人が経験する。考えても現実は変わらない。それでも思考は浮かんでくる。

そうであるならば、これを否定するのではなく、向きを変えることが吉である。

「もっと準備していれば」と考えるなら、次に何ができるかを探る「失敗したくない」と感じるなら、それを改善への動機にする

責める材料にするか、学びの材料にするか。同じ思考でも、扱い方で意味は変わるのだ

考えないという選択

人は無意識にネガティブに考えてしまう傾向が強いのだから、思考を止めること良い、というわけではない。本書で進めているのは、考えなくてもよいことを、自分で見極めるという姿勢である。

自動思考に気づき、空気より姿勢を意識し、最善より納得を重んじ、「もしも」を学びに変える。

どれも劇的な方法ではない。ただ、思考との距離を少し変える試みだ。

情報があふれる時代だからこそ、何を考えるか以上に、何を考えないかを決めることが、ひとつの技術となるのである。

参考記事

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