はじめに — 読む前に押さえておきたいこと
あなたはこんな悩みを抱えていないだろうか?
- 部下や同僚、家族に対して、思うように動いてもらえず、もどかしさを覚えることがある
- 正しい指示や条件を提示しているのに、相手が主体的に動かない
- 「なぜあの人は自分の言うことを聞いてくれないのか」と疑問に思う
- つい命令口調になってしまい、結果として関係がぎくしゃくする
こうした悩みや疑問は、多くの人が日常的に経験する。相手に行動してもらうことは、単に命令すれば解決する問題ではなく、信頼関係や理解、コミュニケーションの質に深く影響される。
本書が示すこと(著者の主張)
人を動かすためには、正確な指示や条件だけでなく、相手に「自分のことを理解してもらえている」と感じさせることが重要である。
行動の主体性は、相手が自分の状況や気持ちを理解されていると感じたときに最も発揮される。相手が行動をためらう背景となる4つの壁(関係性・情報整理・思い込み・損得勘定)を理解し、特それを越えるためのアプローチが重要となる。
相手に話をさせ、意図や状況を深掘りすることで信頼を築き、議論や依頼を前半・後半に分ける段取りを用いることにより、主体的かつ気持ちよく動いてもらう環境を作ることができる。
本書を読んで感じたこと(私見)
正しい指示だけで人は動くと思っていた自分にとって、本書は目から鱗であった。指示の正確さよりも、相手が「わかってもらえている」と感じることが行動のスイッチになるという考えは、日々の仕事や家庭のコミュニケーションで即実践可能であり、非常に納得感が高い。
自分自身も、相手の状況や気持ちを丁寧に引き出すことの重要性を再認識した。部下や家族、友人との関係で、この視点を持つことで、指示待ちではなく主体的に動く行動を自然に引き出せるのではないかと感じた。
人が気持ちよく動く条件は、正確な指示だけではない
やる気、行動力、集中力。
行動するための第一歩目や、それを続ける力は、本人のモチベーションに大きく依存する。人に指示されて動くよりも、自ら主体的に行動した方が、より自由で、より持続的に「動ける」のだ。
このことは多くの人が本能的に理解しているはずだ。しかし、いざ他人に行動してもらおうとするとき、私たちはつい忘れてしまう。上司として「命令」したり、親として「価値観を押し付け」たり…。
結果として、相手は確かに動くが、それは“やらされた行動”であって、次につながらない。「誤解がなく正確に伝える」だけでは、人は気持ちよく動いてくれないのだ。
では、どうすれば相手が主体的に、しかも気持ちよく動いてくれるのか。
その答えのヒントを与えてくれるのが、今回紹介するこの一冊である。
【気持ちよく人を動かす】(高橋浩一 著)
高橋浩一
東京大学経済学部卒業後、外資系戦略コンサルティング会社を経て、企業研修ベンチャー・アルー株式会社の創業に参画し取締役副社長を務めた。2011年にTORiX株式会社を設立し、代表取締役として50業種・3万人以上の営業力強化を支援してきた。年間200回を超える研修と800件以上のコンサルティングを行い、数多くのビジネス書を執筆している。
相手が“気持ちよく動く”スイッチ
あなたが部下や後輩に仕事をお願いするシーンを想像してほしい。
例えば、「来週の顧客向けプレゼン資料を作ってほしい」という依頼だ。
このとき、あなたならどのような指示をするだろうか。
「誤解が生じないように目的・期限・条件をきちんと伝える」ことはもちろん大事だ。ビジネススキルとしても必須だろう。
しかし、実際にはこうした“正しい指示”が、必ずしも相手を気持ちよく動かすとは限らない。なぜなら、正確さと主体性は別物だからだ。
これは家庭でも同じだ。子どもに「片付けなさい」「静かにしなさい」と正しく指示を出し、その瞬間は動いてもらえても、次に自ら進んで動くことにはつながらない。往々にして、「できていない」事実を指摘することに終始し、結果として叱る→従う→また叱る…の繰り返しになってしまう。
では、この悪循環を断ち切るにはどうすればいいのか。
本書が示すキーワードは、「自分のことをわかってくれている感」だ。
例えば、残業続きで疲れている部下に対して、いきなり「この資料お願い」と言う代わりに、
「最近忙しかったよね。負担を減らせるよう他の案件は調整するから、この資料だけお願いできる?」と伝える。
本人にとって、この依頼は最初からやりたかったことではない。それでも「自分の状況や気持ちを理解してくれている」と感じれば、主体的かつ気持ちよく動ける可能性はぐんと高まる。
つまり、「どうすれば人に気持ちよく動いてもらえるか」という問いは、「どうすれば人に“自分のことをわかってもらえている感”を与えられるか」という問いに置き換えられるのである。
「4つの壁」で読み解く、人が動かない理由
あなたが初めて会う営業マンから提案を受けるシーンを想像してほしい。
例えば、名刺交換を終えたばかりの相手がいきなりこう切り出す。
「御社にぴったりのサービスがあります。今契約すれば初期費用が無料になります。どうでしょう?」
…このとき、あなたならどうするだろうか。
条件は悪くないように見える。しかし、多くの人は「とりあえず今日はやめておこう」と答えるはずだ。理由は単純で、その相手をまだ信頼していないからである。
本書では、人が行動をためらう背景には4つの壁があると説明している。
1. 関係性の壁
気を許していないので動きたくない。
- 初対面の営業マンにすぐ契約しない
- あまり親しくない同僚から突然頼まれた仕事を即答で引き受けない
- PTAの集まりで、まだ顔を覚えていない人の提案に慎重になる
2. 情報整理の壁
状況がクリアになっていないので動きたくない。
- 会議での提案がざっくりしすぎて判断できない
- 新しいアプリをすすめられても、使い方や料金体系がよくわからない
- 家族からの「とりあえず旅行行こう」という提案に即答できない
3. 思い込みの壁
これまでの経験や直感から動きたくない。
- 過去に似たプロジェクトで失敗した経験がある
- 「この店はサービスが悪い」という噂を聞いていた
- 小さい頃から「数学は苦手」という自己イメージが染みついている
4. 損得勘定の壁
割に合わないので動きたくない。
- 今のプランで満足しているので新サービスに切り替えたくない
- 労力の割に得られる成果が小さいと感じる
- 無償で手伝ってほしいと頼まれても、自分の予定を削るほどではないと判断する
特に、今回焦点を当てたいのは1つ目の関係性の壁だ。契約を取るにも、依頼を受けてもらうにも、商品の説明や条件提示より先に「この人の話なら聞いてもいい」と思ってもらう必要がある。
例えば、営業ならいきなり条件を並べるのではなく、相手に安心感を与える会話や、相手の話を引き出す質問から入る。職場でも、単に「この作業お願い」と言うのではなく、「最近忙しかったよね。負担を減らせるよう他の案件は調整するから、この資料だけお願いできる?」と添えるだけで印象は大きく変わる。
つまり、人に気持ちよく動いてもらうためには、単に条件やメリットを並べるのではなく、まず壁を特定し、それを崩す会話を組み立てることが重要なのだ。
関係性の壁を越える、聞き方と段取り
前章で、人が動かない理由として「4つの壁」があると説明した。その中でも最初に立ちはだかるのが関係性の壁である。相手がこちらをまだ信頼していない状態では、どれほど条件の良い提案をしても動いてもらうのは難しい。
では、どうすればこの壁を越えられるのか。本書が提示する答えはシンプルだ。
「まずは相手に話してもらう」
議論を前半・後半に分ける
「聞き上手は信頼されやすい」というのは営業やカウンセリング、恋愛本でもおなじみのアドバイスだ。しかし、「聞くばかりでは会話がまとまらないのでは?」という不安から、つい自分の意見を急いで出してしまう人も多い。
そこで役立つのが、本書が紹介する「議論を前半と後半に分ける」という方法である。
- 前半フェーズ:とにかく相手の話を引き出す。信頼関係の土台を作ることが目的で、結論を急がない。
- 中間まとめ:ここで一度、出てきた論点を整理する。
- 後半フェーズ:整理した論点をもとに議論を進め、提案や結論へつなげる。
この段取りを踏めば、会話が脱線しても収拾できる安心感があり、結果的に前半でしっかり聞く余裕が生まれる。
深掘りで「わかってくれている感」を作る
単に相槌を打つだけでは、関係性の壁はなかなか崩れない。大事なのは、相手の脳内にある情報をこちらが整理し、深掘りしていくことだ。
本書によると、相手の頭の中の情報は次の4つに分類できる。
- 今話していること
- 話すと予想していた背景や文脈
- 話すとは予想していなかったが思い出した背景や文脈
- 言われて初めて気づく発見
特に3と4を引き出せた時、相手は「この人は自分を本当に理解しようとしてくれている」と感じる。この感覚こそが信頼を育て、関係性の壁を崩すきっかけになる。
実践のヒント:5W2Hで掘り下げる
深掘りのコツは特別なスキルではなく、5W2H(Why・When・Who・What・Where・How・How many / How much)を使って質問することだ。相手の話をわかったつもりにならず、「何がまだ見えていないか」を確認しながら聞くのである。
例:
- 「その提案を選んだのはなぜですか?」(Why)
- 「それはいつ頃から検討していたんですか?」(When)
- 「他には誰が関わっていますか?」(Who)
こうした質問は、相手の意図や状況を丁寧に引き出し、「この人はちゃんと聞いてくれる」という安心感を与える。
関係性の壁を越える第一歩は、説得よりも理解。話す量を減らし、聞く質を上げることで、相手が自然と心を開いてくれる場が生まれるのだ。
人を動かす本質:理解と信頼の先にある行動
人が主体的に動くためには、単に正確な指示や条件提示だけでは不十分である。相手が行動するかどうかは、その人が「自分のことを理解してくれている」と感じるかどうかにかかっている。
だからこそ、まず意識すべきは、相手の話を丁寧に引き出すことだ。どんな状況にあるのか、何を考えているのか、何を不安に思っているのか。これを知ることで、初めて相手に寄り添った言葉や行動を示すことができる。もしあなたが部下や同僚に資料作成を依頼するなら、いきなり「作って」と言うのではなく、最近の負担や状況に触れながらお願いしてみる。それだけで、相手の受け止め方は大きく変わる。
さらに、人が行動をためらう背景には「関係性」「情報整理」「思い込み」「損得勘定」の4つの壁があることを忘れてはいけない。どんなに条件が魅力的でも、これらの壁を認識せずに進めれば、相手は安心して動くことはできない。だからこそ、まず壁を特定し、どの壁を取り払う必要があるのかを考えながら行動するのだ。
そして、関係性の壁に向き合うには、聞き上手になることが最も近道である。相手に話してもらい、その言葉の背景や意図を理解し、深掘りしていく。ここで大切なのは、ただ話を聞くだけでなく、「この人は自分を理解しようとしてくれている」と相手に感じてもらうことだ。この感覚が信頼を生み、行動のスイッチを押す。
結局のところ、人を動かす本質は、説得や強制ではなく、理解と信頼である。条件やメリットを並べるだけではなく、相手の立場に立って気持ちを汲み取り、安心して行動できる場を作ること。それが、主体的で気持ちよく動く行動を生み出す最大の力になる。
この考え方を日々の仕事や家庭で少しずつ実践してみてほしい。最初は小さな変化かもしれない。しかし、相手の気持ちに寄り添い、理解と信頼を積み重ねることで、やがて大きな行動の変化が生まれるだろう。あなた自身も、周囲の人も、より自然に、より気持ちよく動ける世界を作ることができるはずだ。
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