はじめに — 読む前に押さえておきたいこと
あなたはこんな悩みを抱えていないだろうか?
「社会に必要な仕事なのに、なぜ儲からないのだろうか」
「なぜGAFAやAI関連企業には、これほどまでに巨大な資金が集まるのか」
「新しいビジネスとは、本当に“ゼロから何かを生み出すこと”なのだろうか」
そんな疑問を抱いたことはないだろうか。
我々はつい、「価値のあるものが成功する」と考えてしまう。
もちろん、それは間違いではない。人々の課題を解決し、社会に役立つものを提供することは、ビジネスの本質の一つである。
しかし現実には、社会に不可欠であるにもかかわらず高い収益を生みにくい仕事もあれば、一見するとそこまで社会的意義が大きいようには見えないにもかかわらず、巨大な利益を生み出しているビジネスも存在している。
では、この違いはどこから生まれるのだろうか。
そして現代のビジネスは、どのような構造によって成長しているのだろうか。
本書が示すこと(著者の主張)
本書のテーマとなっているのは、「優れたビジネスとは、ゼロから価値を創造するものだけではない」という視点である。
一般的にイノベーションというと、多くの人は「今までにないものを発明すること」をイメージする。しかし本書では、現代の巨大ビジネスの多くを、「既に存在している価値を、別の場所へ移転させる仕組み」として捉えている。
たとえばUberは、「移動したい」というニーズそのものを発明したわけではない。また、車という移動手段を新たに作り出したわけでもない。
そうではなく、稼働していない自動車や労働力を、新たな市場へ接続することで、大きな価値を生み出しているのである。
グーグルの検索エンジンも同様だ。検索行動やアクセス情報は、もともと通信の副産物のような存在だった。しかし、それを広告市場と接続することで、巨大な収益モデルへと転換した。
本書では、このような構造を「価値移転」という言葉で整理している。
重要なのは、「何を生み出すか」だけではない。
今ある価値を、どこへ移し、どの市場と繋ぐのか。その構造設計こそが、現代のビジネスにおいて重要になっているのである。
また本書では、価値移転を成立させる条件についても整理されている。
価値認識にズレがある市場を見つけること。埋もれているリソースを再定義すること。そして、その接続部分を押さえ、継続的に利益を生み出せる立場を築くこと。
本書は、現代の巨大企業をこうした観点から読み解いていく1冊なのである。
本書を読んで感じたこと(私見)
我々はつい、「価値があるもの」と「価値がないもの」を分けて考えてしまう。しかし実際には、価値とは“置かれる場所”によって大きく変わる。
ある業界では当たり前すぎて見向きもされないものが、別の市場では極めて重要なリソースになることもある。あるいは、今は評価されていない能力や知識が、環境が変わることで突然求められるようになることもある。
その意味で、本書は単なるビジネス書としてだけではなく、「価値をどう見るか」という認識そのものを問い直す本として読むことができる。
特に印象的だったのは、「価値創造」だけがイノベーションではない、という視点である。
我々はどうしても、「ゼロから新しいものを生み出せる人」が特別なのだと思ってしまう。しかし本書が示しているのは、既に存在している価値を発見し、それを別の場所へ接続することもまた、大きな価値を生み出すという事実である。
これは個人のキャリアにも通じる話だろう。
今いる場所では評価されない能力も、別の市場では強みになるかもしれない。逆に、「価値がない」と思い込んでいたものが、見方を変えることで全く異なる意味を持つこともある。
「ビジネスにおける“価値”とは何なのか」「イノベーションとは、本当にゼロから何かを生み出すことなのか」
そんな問いを持ったことがある人にとって、多くの示唆を与えてくれる1冊である。
「社会に必要」と「儲かる」はなぜ一致しないのか
世の中に対する貢献が大きければ大きいほど、ビジネスは成功する。
この考え方に、違和感を覚える人は少ないだろう。
多くの人が困っていることを解決し、不便や不自由を取り除く。それは社会にとって価値のある行為であり、ビジネスとしても優れているように思える。
しかし、現実の社会はそこまで単純ではない。
たとえば、介護や福祉などのエッセンシャルワークは、社会に不可欠であるにもかかわらず、収益性という観点では高く評価されにくい。一方で、SNSや検索エンジン、AI関連のビジネスには巨大な資金が集まり、市場から高い期待が寄せられている。
もちろん、「儲かること」をそのまま「優れていること」と定義してよいかには議論の余地がある。しかし少なくとも、後者に属するビジネスが、多くの利益を生み出しているのには理由がある。
では、これらのビジネスは、どのような構造によって成り立っているのか。
なぜ、社会に必要な仕事と、市場で高く評価される仕事の間にはズレが生まれるのか。
そして、資本主義の中でビジネスを“つくる”とは、そもそもどのような営みなのか。
本書は、その仕組みをこれまでとは少し違った視点から解き明かしていく1冊である。
【ゼロから創らない戦略 イノベーションを駆動する「価値移転」の法則 野本 遼平 著】
野本 遼平
グロービス・キャピタル・パートナーズにてスタートアップ投資に従事するベンチャーキャピタリストである。慶應義塾大学法学部法律学科卒業、東京大学大学院法学政治学研究科修了。2012年に司法試験に合格後、都内法律事務所などを経て、KDDIグループのSupershipホールディングスで経営戦略策定やM&Aに携わる。現在は投資先企業の社外取締役も務めるほか、経済産業省・特許庁の委員会や東京大学大学院工学系研究科の非常勤講師なども歴任。主著に『成功するアライアンス 戦略と実務』がある。
イノベーションは「創造」だけで生まれるのか
新規事業やスタートアップと聞くと、多くの人は「今までにないものを生み出すこと」をイメージするのではないだろうか。
ゼロから新しい価値を創造し、世の中を変えていく。マイクロソフト、グーグル、エヌビディア、メルカリ、Facebook、Uber、タイミー、ZOZOなど、ここ数十年で台頭してきた企業には、そうしたイメージが強く結びついている。
しかし、本書はこれらのビジネスを少し違った角度から捉えている。
たとえば、Uberを例に考えてみる。
Uberはライドシェアサービスである。人々の「便利に移動したい」というニーズに対し、稼働していない自動車やドライバーを結びつけることで成立している。
もちろん、Uberは新しいサービスである。しかし、それは「移動したい」というニーズそのものを新たに発明したわけではない。あるいは、馬車しか存在しなかった時代に、自動車そのものを生み出したわけでもない。
Uberが実現したのは、それまで十分に活用されていなかった自動車や労働力を、別の形で機能させる仕組みづくりなのである。
つまり、価値をゼロから“創造”したというより、既に存在していた価値を別の場所へ“移転”した側面が強いのである。
グーグルの検索エンジンも同様だ。ユーザーの検索行動やアクセス情報は、もともと通信の副産物のような存在であり、それ自体が大きな価値を持つものとは考えられていなかった。しかしグーグルは、その情報を広告市場と結びつけることで、巨大な収益モデルへと変換した。
今まで価値がないと思われていたもの。あるいは、価値があると気づかれていなかったもの。
それらを別の市場や仕組みへ接続することで、新たなニーズに応えていく。現代の巨大ビジネスには、こうした構造が数多く見受けられるのである。
もちろん、すべてのビジネスが「創造」か「移転」のどちらか一方だけで成り立っているわけではない。実際には、その両方が混ざり合っている。ただし、近年大きく成長しているビジネスほど、「既に存在している価値を、どこへ移すか」という視点を強く持っているように感じる。
そう考えると、今は価値がないと思われているものも、置かれる場所が変われば、全く違う意味を持つのかもしれない。
価値移転を成立させる3つの条件
では、その価値移転によってビジネスを成立させるためには、どのようなポイントを押さえておく必要があるのか。
本書では、次の3点が重要だと述べられている。
・価値体系にズレがある2つのエコシステムを発見する
・リソースを再定義して、移転対象として特定する
・価値移転の関所を築き、ゲートキーパーになる
まず、「価値体系にズレがある2つのエコシステムを発見する」について。
価値移転型のビジネスとは、異なる市場やコミュニティの“仲介役”になることでもある。そして、その両者では、同じものに対する価値認識が一致していない。
一方では供給が需要を上回っており、価値が低く見積もられている。しかし、別の場所では需要が供給を上回っており、高い価値が付けられている。さらに、その2つの市場が分断されているからこそ、価格差や認識のズレが残り続けるのである。
たとえば、グーグルが活用したユーザーの検索行動やアクセス情報は、もともと通信の副産物のような存在であり、それ自体が大きな価値を持つものとは見なされていなかった。しかしグーグルは、その情報を広告市場へ接続することで、大きな収益を生み出した。
重要なのは、「同じ業界の中で高く売る」のではなく、異なるエコシステム同士を繋いでいる点にある。だからこそ、価値認識の差が利益の源泉になるのである。
技術力の高い発展途上国のエンジニアが、先進国のテック企業で高年収を得ている構造も近い。物理的・空間的に分断されていた市場を接続することで、価値の差が顕在化しているのである。
続いて、「リソースを再定義して、移転対象として特定する」について。
異なるエコシステムを見つけたとしても、何を移転するのかを定義できなければ、価値移転は成立しない。
そして、その“移転対象”は、最初からリソースとして認識されているとは限らない。
かつて石油は、単なる黒い液体に過ぎなかった。しかし、内燃機関の発展によって、一気に巨大な価値を持つ資源へと変わった。タイミーが成長している背景にも、終身雇用が当たり前ではなくなり、「空いた時間で働ける労働力」が新たなリソースとして認識されるようになった社会変化がある。
つまり、テクノロジーや社会構造の変化によって、「何が価値を持つのか」そのものが変わっていくのである。
最後の「価値移転の関所を築き、ゲートキーパーになる」も重要だ。
もし2つのエコシステムが完全に統合され、誰でも自由に行き来できるようになれば、価値の差はやがて解消される。だからこそ、その接続部分を押さえ続けることが、継続的な利益につながるのである。
ZOZOTOWNはその代表例だろう。
ZOZOTOWNは、アパレル企業に対しては「ユーザーが集まる販売チャネル」を提供し、ユーザーに対しては「探す・比較する・購入する」をワンストップで実現する場を提供している。
アパレル企業が商品情報を持ち寄ることで品揃えが充実し、その結果ユーザーがさらに集まる。ユーザーが集まるから、さらにブランドも参加する。この循環によって、ZOZOTOWNは両者を繋ぐ“関所”としての立場を強めていったのである。
価値移転とは、単に「良いものを作る」話ではない。
どこに価値のズレがあり、何を移転させ、どの接続部分を押さえるのか。その構造を設計することこそが、現代のビジネスにおいて重要になっているのである。
価値移転ビジネスは「仕入れ」で決まる
もう一つ、ビジネスを「価値移転」の観点から捉えるうえで重要なのが、“仕入れ”という視点である。
価値移転型のビジネスでは、「どれだけ需要があるか」だけではなく、「移転させるリソースをどれだけ確保できるか」が極めて重要になる。
たとえば、お寿司を食べたい人は数多く存在している。しかし、市場ニーズだけを見て、肝心の魚を十分に仕入れられなければ、ビジネスを継続的に回していくことはできない。
価値移転は、供給側が成立しているからこそ成り立つビジネスなのである。
そして、この“仕入れ”は、単純な総量の話だけではない。
AIビジネスにおいて、重要なリソースは「情報」だ。現在はインターネット上に膨大なデータが存在しており、AIの学習に利用できる情報量も非常に多い。しかし、それらを自由に取得し続けられるかは別問題である。
著作権やプライバシー保護の観点から、今後はアクセスできる情報に規制がかかる可能性もある。あるいは、プラットフォーム側がデータ提供を制限することによって、供給が細ることも考えられる。
価値移転とは、既に存在している価値を取り出し、別の場所へ流通させるビジネスである。だからこそ、“原材料”となるリソースが確保できなくなれば、そのビジネスモデル自体が成立しなくなるのである。
もっとも、供給リスクに対して打ち手が存在しないわけではない。
本書では、その方法の一つとして「多業種・多市場展開」が挙げられている。
たとえば、Amazonはもともと書籍通販からスタートした企業である。しかし現在では、AWS、Prime Video、広告事業など、多様な市場へと展開している。
これは単なる多角化ではない。書籍通販によって獲得した顧客基盤や行動データを、別の市場でも活用しているのである。
つまり、一つの市場だけに依存せず、異なるエコシステムへと接続先を広げることで、成長余地と供給源の両方を確保しているのだ。
ビジネスというと、「どれだけ売れるか」に目が向きがちである。しかし本書は、「何を、どこから、どれだけ仕入れられるのか」という視点の重要性を教えてくれる。
価値移転を支えているのは、派手なアイデアだけではない。その裏側で成立している供給構造なのである。
「価値がない」のではなく、「置かれる場所」が違う
本書を読んで印象的だったのは、ビジネスを「新しいものを生み出す行為」としてだけではなく、「既に存在している価値を、別の場所へ移す行為」として捉え直している点である。
私たちはつい、「イノベーション」と聞くと、ゼロから画期的な何かを発明することを想像してしまう。しかし実際には、今まで価値が見出されていなかったものを別の市場へ接続し、その価値を顕在化させることで成長してきた企業も数多く存在している。
そして、その視点はビジネスだけではなく、個人のキャリアや組織のあり方にも通じるように感じた。
今いる環境では評価されていない能力も、別の場所では強みになるかもしれない。ある業界では当たり前すぎて埋もれている知識も、異なる領域では希少な価値を持つことがある。
重要なのは、「価値があるかどうか」を固定的に捉えないことなのだろう。
どこに価値認識のズレがあるのか。何が過小評価されているのか。そして、それをどこへ接続すれば新しい意味を持つのか。
本書は、そうした視点から現代のビジネスを読み解いていく1冊であった。
「ゼロから生み出せる人だけが価値を生む」。
もしそのように考えていたのであれば、本書はその見方を大きく変えてくれるかもしれない。参考記事
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