はじめに — 読む前に押さえておきたいこと
あなたはこんな悩みを抱えていないだろうか?
- 誰かと一緒にいても、ふとした瞬間に強いさみしさを感じてしまう。
- SNSでは人とのつながりが絶えず表示されているのに、自分だけが取り残されているような気がする。
- 特別な出来事があったわけではない。それなのに、理由のはっきりしない不安や空虚感が胸に残る。
「自分は孤独なのだろうか」
「人との関わり方が間違っているのだろうか」
そんな問いが頭をよぎることはないだろうか。
一方で、忙しさの中ではその感情をやり過ごすこともできる。誰かと話している間は忘れられるし、仕事や娯楽に没頭しているときには気にならない。だからこそ、さみしさはなおさら厄介だ。向き合うべき感情なのか、それとも気のせいとして流すべきものなのか、判断がつかない。
この曖昧さこそが、多くの人を戸惑わせている。
本書が示すこと(著者の主張)
本書が示しているのは、さみしさを「性格」や「環境」の問題として片づけない視点である。
人はなぜさみしさを感じるのか。それは、現代社会の人間関係が希薄だからでも、あなたが弱いからでもない。著者は、さみしさを生き延びるために人間が獲得してきた脳の機能として捉える。
人類史の大半において、集団から外れることは命に関わる重大なリスクだった。その記憶が、現代を生きる私たちの脳にも刻まれている。社会的なつながりが揺らいだとき、脳が危険信号として発する感情——それが、さみしさである。
この視点に立つと、さみしさは排除すべき欠陥ではなく、むしろ正常な反応だと分かる。本書は、感情を否定するのではなく、その正体を理解することの重要性を静かに語っている。
本書を読んで感じたこと(私見)
印象的だったのは、さみしさに「勝とう」としない姿勢である。
多くの場合、私たちはさみしさを感じると、それを感じている自分を責めてしまう。しかし本書は、その前提そのものを問い直す。
さみしさはなくすものではなく、扱うものだ。そう捉え直すだけで、感情との距離感が変わる。マインドフルネスや運動といった具体的な方法も紹介されているが、それ以上に大切なのは、感情を敵にしないという態度だと感じた。
さみしさを感じる自分を理解することは、自分自身の生き方や価値観を理解することにもつながる。本書は、派手な解決策を提示するわけではないが、その分、読後に長く残る視点を与えてくれる。
理由の分からないさみしさに、これまで言葉を与えられなかった人にとって、本書は静かな指針になるだろう。
つながりの時代に、なぜ私たちはさみしいのか
いまやスマートフォン一つで、世界中の人と瞬時につながることができる時代だ。友人や知人はもちろん、顔も名前も知らない“不特定多数の誰か”とも、リアルタイムで言葉を交わすことができる。人と人との距離は、かつてないほど近づいたように見える。
それにもかかわらず、多くの人がさみしさを抱えている。画面の向こうで誰かと会話をしていても、ふとした瞬間に胸の奥に空白を感じる。つながっているはずなのに、満たされない。この違和感を覚えたことがある人は、決して少なくないだろう。
では、スマートフォンも携帯電話もなかった一昔前はどうだったのだろうか。あの頃の人々は、今よりもさみしさを感じることが少なかったのだろうか。自分自身の幼少期を振り返ってみても、「なんとなくさみしい」という感情と無縁だったとは言い切れない。現役世代としてその時代を生きてきた人々にとっても、さみしさは決して特別な感情ではなかったはずだ。
もし時代や環境が変わっても、人が一貫してさみしさを感じ続けてきたのだとしたら——。それは個人の弱さや、現代社会特有の問題ではないのかもしれない。
では、人はなぜさみしさを感じるのか。そして、その感情とどう向き合えばいいのか。
本章では、その問いへの入口として、一冊の本を紹介したい。
【「さみしさ」に負けないための脳科学】(中野 信子 著)
中野 信子
中野信子氏は1975年東京都生まれの脳科学者・医学博士・認知科学者である。東京大学工学部応用化学科を1998年に卒業し、同大学大学院医学系研究科脳神経医学専攻の博士課程を修了して博士号(医学)を取得した後、フランス国立研究所(CNRS)で博士研究員として研究に従事した経歴を持つ。
帰国後は2010年以降、研究と執筆活動を中心に精力的に活動。東日本国際大学の教授として教育・研究に携わるとともに、京都芸術大学の客員教授としても教鞭をとるなど大学教育にも関わっている。さらに2022年には森美術館の理事にも就任するなど、学術と文化の領域で幅広く活躍している。
専門は脳と心理の科学的研究であり、人間の行動や思考の仕組みを科学的な視点でわかりやすく伝える語り口に定評がある。メディア出演や講演活動も多数行い、科学的知見を一般向けに紹介する活動にも積極的である。
人はなぜ「さみしさ」を感じるようにできているのか
そもそも、さみしさとはどのような感情なのだろうか。
「人と十分にコミュニケーションが取れていないから」
「大切な人と気持ちが通じ合っていないから」
こうした説明は、日常感覚としては確かに正しい。しかし、脳科学の視点から見ると、さみしさの正体はもう少し根源的なところにあるという。
それは、危険や孤立を予測し、生き延びようとするために生じる感情だ。
一見すると大げさに聞こえるかもしれない。現代社会で生活していて、日常的に命の危険を感じる場面はほとんどないからだ。さみしさと生存の危機が、直感的に結びつかない人も多いだろう。
しかし、人類の歴史を長いスパンで見てみると、この考え方は決して突飛ではない。私たちが「現代社会」と呼んでいる時代は、人類史全体から見ればごくわずかな期間にすぎない。その大半は、狩猟採集の時代である。
この時代において、集団から外れることは生命の危険とほぼ同義だった。仲間と協力できなければ、食料も安全も確保できない。つまり、他者と社会的なつながりを持てない状態は、生存そのものを脅かす状況だったのだ。
そうした時代が長く続いた結果、人間の脳は「つながりが弱まること」を危険信号として察知するようになった。それが、さみしさという感情の正体である。
要するに、さみしさを感じること自体は異常でも弱さでもない。生きていく上で避けがたい、ごく自然な反応なのだ。誰かと一緒にいても、SNSで多くの人とつながっていても、さみしさを覚える瞬間はある。それは孤独だからではなく、生存本能が正常に働いている証拠なのかもしれない。
避けられないさみしさと、どう付き合っていくか
さみしさが人間の本能に根ざした感情である以上、それを「感じないようにしよう」と努力することには限界がある。重要なのは、さみしさを消すことではなく、うまく付き合っていくことだ。
たとえば——
長男・長女が、親の関心が下の子に向いたことで赤ちゃん返りをすること。
思春期に自己嫌悪を覚え、他者との強いつながりを求めること。
30代前後で、今あるものを失ってしまうのではないかという不安に襲われること。
年齢を重ね、身体の衰えにもの悲しさを感じること。
人生のどの段階にも、形を変えたさみしさが存在する。私たちは、その都度この感情と向き合いながら生きている。
ただし、さみしさとの付き合い方は、決して特別なものではない。むしろ人は、無意識のうちにこの感情をやり過ごす術を身につけてきた。その代表的な方法が、以下の二つである。
マインドフルネス
大事な試験や仕事の前に、「ああ、自分はいま緊張しているな」と一歩引いて捉えたことで、気持ちが落ち着いた経験はないだろうか。これと同じことを、さみしさにも応用する。
さみしさを感じたとき、「これは脳が社会的なつながりの低下を危険として反応している状態だ」と俯瞰してみる。感情を完全に否定するのではなく、現象として捉えることで、自分自身との距離が少し生まれる。
現代は狩りの時代とは違い、一時的に孤立感を覚えたとしても、すぐに生命の危険にさらされるわけではない。そう理解するだけでも、感情の波は穏やかになる。
運動する
もう一つの有効な方法が、運動である。人間は、体を動かしながら強いネガティブ感情にとらわれ続けることが難しい。セロトニンの分泌が、その助けになる。
ここで言う運動とは、激しいトレーニングのことではない。むしろ「気持ちいい」と感じられる範囲で十分だ。散歩でも、軽いストレッチでも構わない。
目的は、健康管理やダイエットではなく、心の状態を整えること。無理なく体を動かす習慣が身につけば、さみしさに飲み込まれにくくなっているはずだ。
さみしさを知ることは、自分を知ること
本書が教えてくれる最も重要な視点は、「さみしさは排除すべき敵ではない」という事実だろう。
私たちはしばしば、さみしさを感じる自分を否定してしまう。しかし、その感情は人類が生き延びてきた過程で獲得した、極めて合理的な機能の一部だ。そう考えると、さみしさは「弱さ」ではなく、「生きようとする力」の裏返しとも言える。
著者の語り口は、感情論に流れすぎることなく、しかし冷たくもない。脳科学という客観的な視点を通すことで、読者は自分の感情を安全な距離から見つめ直すことができる。
さみしさを完全になくすことはできない。だが、正体を知り、意味を理解し、扱い方を学ぶことはできる。本書は、そのための静かで確かな手がかりを与えてくれる一冊だ。
もしあなたが、理由のわからないさみしさに戸惑った経験があるなら。この本は、自分自身を少しだけ優しく理解する助けになるだろう。
参考記事
“推し”とは何か
“推し”を通してあなた自身を知ることができる1冊のご紹介。
世の中を捉え直すための、美意識について
あなたは世界をどのように捉えていますか。
自分自身を“弱い人”と感じる全ての人へ
あなたの弱さ、ちょっと俯瞰して考えてみると、新しい気づきが得られるかもしれません。





コメント