はじめに — 読む前に押さえておきたいこと
あなたはこんな悩みを抱えていないだろうか?
・頑張っているのに、なぜか報われない
・効率よくやっているはずなのに、手応えがない
・「意味があること」ばかりを考えて、いつの間にか心が動かなくなっている
そんな違和感を抱えながら、日々をこなしている人は少なくない。成果を出すために無駄を省き、合理的に動くことが求められる今の社会で、「このままでいいのだろうか」と思ってしまう瞬間がある。
頑張っても報われない経験を重ねるうちに、「どうせやっても無駄」と感じてしまう。一方で、「無駄を削る」ことばかりに慣れすぎて、心の余白がなくなっている。その結果、私たちは“割に合わないこと”を避けるようになってしまった。
だが実は、その「割に合わないこと」こそが、人を動かし、心を通わせる力を持っているのだ。
本書が示すこと(著者の主張)
本書が問いかけているのは、「効率や合理性を追い求めすぎることで、人間らしさを失っていないか」ということだ。
AIやテクノロジーの進歩により、誰もが“正解”に早くたどり着けるようになった。だが、正確に仕事をこなすだけでは、人の心を動かすことはできない。感動や信頼といった人間的な価値は、常に「割に合わない行動」から生まれている。
・相手のために少しだけ時間をかける
・結果が見えなくても、丁寧に取り組む
・誰かの期待を超えるために、ほんの少し踏み込む
こうした行動は、短期的には非効率に見える。しかし、長い目で見れば、それが信頼を育て、次の機会を生み出す「人間の資本」となる。
本書を読んで感じたこと(私見)
「割に合わないこと」が“損なこと”ではなく、“人間らしさの証”として描かれている点が印象的出あった。
効率の良い方法や最短ルートばかりを求める風潮の中で、あえて遠回りを選ぶことが、むしろ自分らしさを取り戻す行為になるという視点をロジカルに説明しているからこそ、共感させられた。
仕事でも人間関係でも、「結果が出るかどうか分からない」ときほど、私たちは慎重になりがちだ。しかし、その不確実さの中にこそ、他者への想像力や、感動を生む余白がある。割に合わないことを恐れずに動くとき、人は「正しさ」ではなく「温かさ」を伝えることができるのだと思う。
この本は、「もっと努力しろ」と鼓舞するタイプの自己啓発書ではない。むしろ、「効率よく生きることがすべてではない」と静かに諭してくれる一冊である。そして、「割に合わないことをやる勇気」こそが、これからの時代に最も価値を持つ行動なのだと考えるきっかけをくれた1冊である。
効率を超えた価値を見つめる
最短かつ合理的なルートで、求める成果を確実に手にする。それが、効率主義の基本的な考え方である。この思考がビジネスや日常に広く浸透しているのは、「無駄を省けば結果が出る」という直感的なわかりやすさがあるからだろう。
しかし、すべての人が効率を最上と考えているわけではない。効率が悪くても、そこに楽しさや充実感を見いだしながら取り組む人もいれば、効率主義のレールを降り、ゆっくりとした時間の中で満たされた生活を送る人もいる。
そして、そうした生き方や成果に対して「羨ましい」「素敵だ」と感じる人が少なくないのも事実である。
では、効率では測れない価値とは何なのか。「最短で成果を出す」以外の基準で、人はどんな充足を得ているのか。
今回は、その問いに光を当てる一冊を紹介したい。
【割に合わないことをやりなさい コスパ・タイパ時代の「次の価値」を見つける思考法】(小玉 歩 著)
小玉 歩
実業家、マーケター。大学卒業後、複数の企業を経て独立。ネットビジネス黎明期から情報発信や教育事業を手がけ、個人が自らのスキルや経験を活かしてビジネスを構築するための支援を行ってきた。SNSやメールマーケティングを活用した実践的な集客・販売手法に定評があり、これまでに数多くの起業家・フリーランスを育成している。
また、ビジネスにおける「行動の本質」や「努力の報われ方」といったテーマを、独自の視点で語る発信者としても人気を集める。近年は、自身の実体験に基づいた講演やコンテンツ制作を通じて、「個人が主役になる時代」における働き方と生き方を問いかけ続けている。
AIには生み出せないもの
求めるアウトプットを、短い時間で実現する——それがAIの得意技である。
特に議事録の作成、文章の構成整理、要約など、日々のデスクワークにまつわる雑務を、嫌な顔ひとつせず即座にこなしてくれる。その精度とスピードには驚かされるばかりだ。
こうしたように、AIはその「速さ」に焦点を当てられることが多い。生身の人間が到底かなわない処理速度と再現性を持つ点が、最大の強みと言える。
しかし、ここで注目したいのは「速さ」ではなく、「求めているものをアウトプットする」というAIのもう一つの側面である。
AIは、あくまで私たちの指示通りに動く存在だ。プロンプトが不十分であれば結果もそれに応じたものになるが、基本的には「指示された通りの答え」を返す。つまり、AIはサプライズや予想外の提案を「正」としない。「赤」と言えば赤を、「青」と言えば青を出してくれるが、「黄色の方がいいのでは」と主観的に判断してくれることはないのである。
一方で、人間はこの「黄色を差し出す力」を持っている。
AIが膨大なデータから導き出した“正解”よりも、じっくり話を聞いてくれたコンサルタントの一言に心を動かされるのはなぜか。それは、人の心を打つものが「答えの正しさ」だけではないからだ。
たとえ論理的な整合性ではAIに劣っても、相手の感情や状況を読み取り、言葉の奥に温度を宿すことができるのが人間である。正しさでは測れない「共感」「ひらめき」「想像力」。その一瞬を生み出せることこそ、AIにはできない、人間だけの藝なのだ。
感動は人間らしさから生まれる
そんな「人間という感情的な生き物の心を突き動かすもの」の代表格が「感動」である。
ご存知の通り、感動は多くの場合「裏切り」とセットになっている。予想どおりの結果がもたらされたときではなく、期待を上回る出来事が訪れたときに、人は心を動かされるのだ。
AIは「助かった」「ちゃんとしている」と思ってもらえる仕事はできても、「あの時は本当に感動しました」と言われる仕事はできない。人間が“感動資本”を積み上げていけるのは、この違いにこそある。
では、その差はどのようにして生まれるのだろうか。想定通りにきちんとした仕事をすることと、相手の心を動かす仕事をすることは、何が違うのか。
結論から述べると、この差は「割に合わない行動」から生まれている。
本書で示されている「感動資本」の構造は、次のような流れで成り立つ。
- 誰かの「割に合わない」行動によってポジティブな感情(驚き・感謝)が生まれる
- その感情は記憶に刻まれ、やがて「またこの人に頼みたい」という信頼になる
- さらにその信頼が語られ、共有されることで、他者にとっても価値のある「評判」になる
- 思いがけない依頼や支援といった未来のチャンスを呼び込む
効率主義の視点では、「そんなことをしても評価されるとは限らない」と考えるだろう。だが、人を感動させる行為には、確実性も即時性もない。むしろ「割に合わない」ものである。
ついつい効率主義に身を任せ、AIと同じ土俵で戦おうとしてしまいがちだが、本当に人の心を動かすのは、効率の外側にある“無駄のようで無駄でない行動”なのかもしれない。
他人を理解することと、それに応えていくこと
割に合わないことをすることで、相手の期待を超えていく。文字にすれば簡単に聞こえるが、実際には非常に難しい。
しかし、これは何も特別な技術を要することではない。大好きな歌手の歌声に感動したことがある人は多いが、プロでなくても人を感動させることはできる。
誰かの期待を超える行動を起こすためのルールは、次の2つである。
- 目の前の相手に関心を持つこと
- 理想の自分を思い描くこと
レストランやホテルのきめ細やかなサービスやサプライズ演出は、そのお客様が「何を好み」「どのようなシチュエーションで」「どんな気持ちでいるのか」を想像したうえでなされている。AIが「赤を表現して」と指示されても「黄色の方が良いのでは」と提案できないのは、その人の目的や好み、赤を求めた背景を理解していないからである。
赤を出すことだけに全力を注ぐのではなく、一見まわり道のようでも、相手のために黄色を提案してみる。目の前の相手に関心を持つとは、そういうことなのだ。
また、理想の自分を思い描くことも重要である。自分が「素敵だな」と思える自分とは、相手の気持ちに先回りして気づき、誰かの役に立つことを素直に喜べる人ではないだろうか。そうした在り方を実現するためには、割に合わない行動が必要であることが、自然と腑に落ちるはずだ。
もちろんAIには、「もっと成長したい」「誰かを喜ばせたい」といった自我が存在しない。だからこそ、理想の自分を思い描きながら行動する姿勢そのものが、まさに人間らしさの表れである。
さらに、この「相手を捉える視野」や「なりたい自分のイメージ」は、これまでのまわり道の経験が多いほど、より豊かで多彩になっていく。「この選択には別の背景があるのでは」「あの人のように生きてみたい」「旅先で出会った人の言葉が忘れられない」といった経験は、直線的な成功ルートの中では得られない視点である。
まっすぐな道を歩むことでは見えなかった景色が、回り道の先には広がっている。その景色を見てきた人ほど、他者への想像力が深まり、理想の自分像も立体的になっていく。
そして、その豊かな想像力こそが、相手を理解し、心に響く行動を生み出す源となるのだ。
割に合わないことを積み重ねるということ
AIの発達によって、私たちは効率的に判断し、合理的に行動できるようになった。無駄を省き、最短距離で成果を出すことが、良しとされる時代である。
しかし、人間の営みには、効率では測れない価値があり、それが「割に合わないこと」を積み重ねるという行為である。
割に合わないこととは、すぐには結果につながらないこと、誰かのために自分の手間を引き受けること、そして、損得を超えて「そうしたい」と思える行動のことだ。それは単なる自己犠牲ではなく、「他者に関心を持つ」「理想の自分を思い描く」という人間の根源的な欲求に基づいている。
本書を通して示されているのは、こうした行動が人を人たらしめているという視点である。AIがいくら高度になっても、「なぜその選択をするのか」という背景や、「相手の気持ちに応えるためにどう動くか」という判断までは自ら掴み取れない。
人間は、その余白を埋めようとする存在だ。そこにこそ、まわり道をしながらも歩みを続ける意味がある。
割に合わないことを避けることは、短期的には合理的かもしれない。しかし、それを積み重ねることでしか得られない関係や経験、信頼がある。そしてそれらは、長期的には最も確かな「成果」につながっていく。
効率や合理性が支配する時代において、あえて割に合わないことを選ぶ。それは、人間が人間としての感情や判断を取り戻すための行為でもある。すぐに評価されなくても、見返りがなくても、相手に関心を持ち、理想の自分を目指して動く。その積み重ねが、私たちをより豊かにし、社会を少しずつ変えていく力になるのではないだろうか。
参考記事
社会の尺度に身を任せないために
生成AIとの付き合い方を理解すると、“現代社会”と“あなた”に対する理解が深まる。
“正しさ”は、誰にとっての「正しさ」か。
社会にとっての「正しさ」は、あなたにとっての「正しさ」ですか。
自分の美意識を大切にするために
あなたが価値を感じるものはなんですか。





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