「ここだけはおさえて」ポイント
この本が届く人・届いてほしい人
- “映えるデザイン”や“正解”を求める空気のなかで、何か大事なことを見落としているような違和感を抱えている人
- 仕事でモノづくりやサービスづくりに関わるなかで、「本当にお客さまのためになっているのか?」という問いが拭えない若手・中堅社会人
- 「どうすれば人の心が動くのか」「どうすれば自分の仕事が選ばれるのか」を、表層ではなく本質から学び直したい人
この本が届けたい問い・メッセージ
- 見た目の派手さやユニークさではなく、「なぜこのデザインなのか?」という視点で空間づくりを考える重要性。
- どんなに自由で個性的に見えるデザインであっても、そこには必ず“お客さまの体験”という軸が存在しているという事実。
- 人の行動や感情は、意識よりもむしろ「無意識」や「関係性」によって動かされているという、マーケティングやブランディングの本質的な構造。
読み終えた今、胸に残ったこと
「どう見せるか」よりも「どう伝わるか」という視点を持つことが、デザインやコミュニケーションの本質だと実感した。これは私たちの日常や仕事のあらゆる場面にも通じる普遍的な教えである。意図やメッセージを明確にしながらも、それが相手の心に届く形で表現されることの難しさと面白さを感じることのできる1冊である。
「なんでこんな見た目?」から始まるデザイン学
デザインと聞いて、まず何を思い浮かべるだろうか。
商品パッケージ、ポスター、絵画。いずれも見た目に工夫が凝らされたものばかりだ。たしかに、そうした「目立つもの」にこそデザインが活きているように感じられる。
けれども実際には、世の中のほとんどすべてにデザインが存在している。私たちは、知らず知らずのうちにそれらに囲まれ、影響を受けながら生活しているのだ。
なかでも、もっとも身近で、それでいて見過ごされがちなデザインが「建物」である。
住宅、オフィスビル、レストラン、小売店、学校――日々目にする建物には、それぞれ機能や目的に応じた特徴的な外装が施されている。と同時に、「なぜこんなデザインなのだろう?」と首をかしげたくなるような、風変わりな建物にも出会うことがある。
今回は、そんな“異彩を放つ建物”の代表格であるドン・キホーテを題材に、デザインと思考の関係をひもとく一冊を紹介したい。
【ドンキ式デザイン思考 セオリー「ド」外視の人を引き寄せる仕掛け 】(二宮仁美・著)
二宮仁美
株式会社パン・パシフィック・インターナショナルホールディングス(PPIH)の取締役であり、ドン・キホーテのデザイン統括責任者を務める。1983年、千葉県生まれ。千葉大学工学部でデザインを学び、学生時代にはドン・キホーテ道頓堀店の観覧車デザインに携わった経験を持つ。卒業後、ドン・キホーテに入社し、700以上の店舗デザインを手がけてきた 。
彼女のデザイン哲学は、地域の特性や顧客の視点を重視し、既存の枠にとらわれない「個別最適なデザイン」を追求するものである。また、社内での女性活躍推進にも力を入れており、月に一度「ニノの部屋」と称する対話の場を設け、女性社員の声を積極的に取り上げている 。
デザインを「問題解決の手段」と捉え、観察と仮説、実行を繰り返す姿勢は、ダイバーシティ推進など新たな分野にも応用されている 。
伝えるデザインは「描く」から始まらない
良いデザインをつくろうとする際、多くの人が「何を描くべきか?」という視点から考え始める。美術の授業を思い出してほしい。抽象的なお題を与えられたとき、そこから具体的なイメージを引き出そうと、「何を描くか?」と自問するのが自然な流れだったはずだ。
しかし、実際のデザインの多くは、自己表現よりも、見る人や使う人に対して何らかの影響を与えることが求められている。芸術家のように「描きたいものを描く」だけでは済まないのが現実である。だからこそ、出発点は「何を描くか?」ではなく、「何を伝えるべきか?」でなければならない。
この考え方は、ポスターや商品パッケージだけでなく、建物のデザインにもあてはまる。もちろん、ドン・キホーテの店舗も例外ではない。
著者によれば、デザインとは「課題発見と問題解決のプロセス」である。そして「何を伝えるべきか?」を定めるためには、次の3つの要素を明確にする必要があるという。
- 不満の種(課題)
- 問題解決のためのデザイン(≒問題解決のアイデア)
- デザインによって得られるベネフィット
ドンキの店舗を例に、この3要素を整理すると次のようになる。
不満の種(課題)
より多くのお客さまに来店してもらい、買い物を楽しんでほしい。
問題解決のためのデザイン(≒問題解決のアイデア)
① 外観デザインで「気分の揺らぎ」を捉え、来店を促す
② 内観デザインでワクワク・ドキドキを増幅させる
デザインによって得られるベネフィット
お客さまに楽しい買い物体験を提供する
このように、課題を発見し、それに対する解決策をデザインという手段で提示する。そのプロセスを踏むことで、「何を伝えるか」が明確になり、はじめて「何を描く(つくる)べきか?」が見えてくる。
ドンキのあの派手な外観は、単に目立たせるためではない。そこには「気分の揺らぎ」や「ワクワク・ドキドキ」を引き出すという目的が一貫して存在している。だからこそ、あの空間に吸い寄せられるように、多くの人が足を運ぶのである。
デザインは、単体で完結しない
ドンキのデザインには一貫した目的がある。それは「お客さまに楽しい買い物体験をしてもらうこと」だ。しかし、その目的を実現するためのデザインは、実は店舗ごとに異なる。なぜかといえば、「楽しい買い物体験」が意味する内容は、地域や客層によって変わるからである。
ドンキと聞いて思い浮かべる外装のイメージは、おそらく黄色と黒の派手な色使い、ぎっしりと並んだ商品棚、そしてドンペンの存在感だろう。しかし、ドンキの店舗はコンビニのような画一的なデザインではない。店舗ごとに色や装飾、ドンペンの使い方などが工夫されており、個別に最適化されている。
例えば、東京都白金台にある「プラチナドンキ」は、その名の通り特別な店舗だ。高級住宅街として知られる白金台では、ドンキの象徴ともいえる黄色や黒の配色をあえて使わず、シルバーを基調とした落ち着いた外装が採用されている。
一見するとセオリーに反しているようにも思える。目立つ外装で注目を集め、来店を促すのが小売店舗の常套手段だ。しかし、高級住宅街に暮らす人々にとって、あまりに派手な店舗は「日常使いしづらい」と感じさせてしまう。だからこそ、プラチナドンキでは「目立たせる」よりも「溶け込む」ことを優先したデザインが採用されたのである。
それでも、ただ周囲に馴染むだけではない。あくまで「楽しさ」や「ワクワク感」を感じてもらうことを目指しながらも、地域に対する違和感を抑えることで、自然と足を運べる場所になっているのだ。
ここで強調しておきたいのは、デザインとは単体で完結するものではないということだ。周囲の環境との関係性のなかで、その意味が浮かび上がる。建物の目的が「その街で買い物してもらうこと」である以上、その街に合った姿でなければならない。
ただ目立てばいいのではない。周囲と調和しながらも、あえて少し違っている。その絶妙なバランスによって、伝えたいメッセージが際立つ。そんなデザインこそが、強く、人を動かすデザインである。
“つい寄りたくなる”は、つくれる
ドンキとは、どんなお店だろうか。
スーパーのようでもあり、ドラッグストアのようでもあり、家電量販店やファストファッション店の要素もある。つまり、実に多くのニーズを一手に担っている。
反面、「特定の目的を持って訪れる店ではない」ともいえる。スーパーのように定期的に食材を買いに行くわけでもなければ、ドラッグストアのように日用品や薬を求めて立ち寄るわけでもない。どちらかといえば、“目的もなく、ふらっと立ち寄れる場所”に近い。
だからこそ、ドンキの店舗デザインは「つい、立ち寄りたくなる」ことを意識して設計されている。
例えば、東京・後楽園店のコンセプトは「遊園地」だ。お察しのとおり、東京ドームシティのアトラクションと連想されるような工夫が凝らされている。
店舗内には、1階から2階へ続く階段の上部にメリーゴーランドが設置されている。また、昇ると音が鳴る“ピアノ階段”も導入されており、どちらも「つい上がってみたくなる」ような遊び心を持たせた仕掛けだ。
商品を目的に訪れるのではなく、ふらっと立ち寄るための空間には、「ふらっと立ち寄りたくなる理由」が必要なのだ。つまり、買い物体験の第一歩は、店に入る前から始まっているのである。
人を動かすデザインとは、「正しさ」ではなく「感情」に寄り添うこと
ドンキのデザインには、一貫して「人を動かすための仕掛け」がある。
目立つことや整っていることを目指すのではなく、どれだけ「気づけば手を伸ばしていた」「気づけば立ち寄っていた」と思わせることができるか。そのために、お客さまの立場で考え抜かれた仕掛けが、あらゆる角度から組み込まれている。
たとえば、「お得に買いたい」という気持ちに寄り添う価格表示、「選ばせてもらった」という感覚を与える売り場づくり、周囲の環境に配慮しつつも存在感を放つ店舗デザイン、そして“つい寄ってしまう”ような遊び心。それらすべてが、理屈ではなく感情に訴えかけるものである。
「これは正しいデザインか」ではなく、「このデザインは、目の前の人にどう作用するか」。そんな視点を持つことが、人を動かすデザインの第一歩となるのではないだろうか。
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